矢口十思夫の平成後期徒然よろずほぼ半旬記

身の周りの出来事から日本・世界のニュースまで、感じたこと、考えたことを自分の思ったまま率直に記すエッセイ/コラム。 2018年の更新頻度は不規則も,平均では5日に一度の頻度を維持予定。

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そういえばあれは一か月前のこと。そのときに感じたことをここに記しておく。といっても大したことではないが。
その日は午後の会議が早く終わり、上司も早めの冬期休暇で不在のため、こっそり早く帰り、途中にあるヨドバシカメラに寄り道し、電化製品のウィンドウショッピングをした。
大画面TV、本当に昔に比べると驚くほど値段が下がったものだ。
TVが日本で発売されだしたころは27万円、大卒初任給が8000円のときの値段だから、今の感覚で言えば800万円相当であるが、72型プラズマで100万円をきるくらいだから、相対的に言えば大暴落といってもいいくらいだ。
消費者にとっては嬉しいが、作るほうとしては、利益が出なくて厳しい立場だろう・・。
一次品(いわゆる原料)の価格が上がって、加工品の価格が下がっているということは、人間の労働の価値が下がっているということ。額に汗して、一生懸命考えて作ったものが安く買い叩かれて、ただ物やお金を右から左に動かしたものが高給を得るのはどうも納得がいかないものだが・・・。
日本は製造業で栄えてきた国なのだから、労働の本質・価値をもう少し国民全体で考えるべきと思う。これでは苦労して物を作る人がいなくなり、本当に日本は滅びてしまうと強い危機感を覚える。

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気づけば、先週末は大学入試センター試験が実施されていたのだった。
私が大学受験したときはまだ共通一次試験という名前だったなぁ。(というと年齢がばれるが)。
昨日、英語(リスニングを除く)を新聞紙上で解いて、自己採点してみた。200満点中184点取れた。これってどんなレベルなものなのだろうか。と少々自慢して失礼。

受験生の人たちは今、精神的に非常に緊張している日々を送っていることと思う。中には受験失敗を恐れて生きた心地もしない、という人もいるのだろうか。
この時期に勉強したことは、どのような形であれ必ず将来何かに役立つと今私は実感している。
勉強すること自体は、本当は自分の成長を感じることができる楽しいことなのだから、どうか試験に対して、怖がらずに自分の力を精一杯出し切って欲しい。そして、試験の問題、できなかった問題についてあれこれ悩まずに、一問でも、どんな簡単そうに見える問題でも、自分の納得いく解答が書けたことについてどうか自信を持って欲しい。
大学側も、選抜試験とはいっても、本当は意欲と適性あふれる学生を一人でも多く取りたいと願っているのは間違いない。
だから、どうか変に気負わず、また弱気にならず、自信を持って試験に挑んで欲しい。
頑張った人には、何らかの最良の結果が絶対待っている。それは志望大学の合格かもしれないし、もしも志望大学の合格を勝ち取れなかったとしても、それが長い時間たって思わぬ別の形で努力が報われるかもしれない。
頑張れよ!!!


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日本の政党の名前だが,党の理念・方針と実体と名前がかちっとあってないのが多いような気がする。
いや,当初は理念と実体と名前はあっていたのかもしれないが,時代や運動方針が変わってしまったのだろうか。
それにしても,民主主義というのを本当に理解・熟知して政党名につけているのか疑問に思う。単に国民受けするからつけているのだろうか。イメージ選挙で戦うためのひとつの戦略であればそれもありなのかもしれないが,独自性というのを感じさせず,少なくとも私は積極的に支持・投票したいという気にはならない。
新党という名がつく党も,結成してから時間がたてば新党にはならなくなるのであって,本当にじっくり腰を据えて政策を実現していこうという気概が感じられない。
過去,少なくとも平成以降に誕生した政党の名前で及第点をつけられる党名は,かろうじて「さきがけ」だけ。(しかしこの党も「新党」が入っていたか)

国民に選ばれた議員たちは,それなりの哲学と資質があるはずなのだから,政党名に自らの政治哲学を訴えるメッセージをこめてほしいものだ。訴える政治哲学,メッセージがないのであれば議員以外の道を歩んでほしい。

その意味で,新しい政策グループの名前「せんたく」は私としては評価したいと考えている。

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婚外子が初めて半数超える フランス、法制度も後押し

フランスでは子供の半分は、親が結婚していないということになるのだろうか。

この記事によるとフランスは欧州では出生率がトップだそうだ。出生率に悩む日本でも、フランスのような法整備をせよという主張を感じてしまう。

子供が、嫡出子か非嫡出子で差別されないようにするというのは理解するし、そのような法整備はすべきとも思うが、、結婚という制度を抜きにして、自由な男女関係をよしとする(逆に言えば無責任な関係を奨励する)風潮には強い違和感を覚える。

あらゆる民族で、人間は結婚に関する儀式をしている。それは、他の生物が自由奔放に交尾しているように見えるのとは違い、特定の異性同士が交わることは、新しい生命を世に送り出すための尊い行為であることを神や大衆に許しを得なければいけないという意識があるからではないかと思う。食事の前に「いただきます」というのも、他の生物が他種の生物を殺して食べるのとは違い、食事は人間の生命を営むための尊い行為であることを確認するためであるのと同じである。
特定の儀式なき交わりや食事行為は、人間の行為として許されざるものだという認識が、特に昔は強くあったように思う。
現代はそのような意識からは自由になった反面、食事や性的関係の乱れにより人間の存在そのものに危機すら感じるようになってきたと思うのは考えすぎだろうか。

今日は成人の日。ハッピーマンデーが施行される前は,1月15日と決まっていたので,どうも1月15日以外が成人の日といわれてもピンとこない。
成人式で暴れる若者がニュースになっていたことが何年前かには頻繁にあったが,今年はどうだったのであろうか。私が成人式を迎えたときこそ,たしかにあまり行儀はよくなかったとはいえ,暴れる人はいなかったが・・・・
それにしても,地方自治体が税金を出してまで成人を祝う儀式を行う必要があるのかどうか,するにしても一同をひとつの会場に集めてイベントしたりするのは時流にふさわしいのか,検討の余地があると思う。

しかし,今は日本の平均寿命も80歳を越えようとしている。戦後まもなくは平均寿命が50歳あまりであったことを考えると,1.6倍になっている。昔に比べれば社会に出て働きはじめる年齢も遅くなっているし,結婚する年齢も全体的に遅くなっている。肉体的には20歳は十分大人でも,精神的にはまだまだ幼い人が多いと思う。
いっそ成人年齢の定義を,10進法の20歳ではなく,16進法の20歳,つまり32歳ぐらいにしたほうが現代に合うような気がする。そうすれば,平均寿命80歳,16進法で表せば50歳となる。そう,昔の年齢は16進法の年齢を考えれば現代に適合するのかもしれない。

明日は成人の日で休み。
意外だが、日本は世界でいちばん祝祭日が多い国である。

本来であれば、祝日は単なる休みではなく、その祝日の意味を考えながら、通常の時間を離れて心身を落ち着かせて過ごすべきときであると思うのだが、多くの人にとっては単なる休日と化していると思う。それならば、あまり意味のない休日は廃止して、その分職場で各自が自律的に休みを取ることができる環境を整備するようにすべきだと思う。
農耕民族の習性だから仕方ないのかもしれないが、みんなが休まなければ休めない、一人が休むとその人を村八分にしたりする、という雰囲気は変えていくべきであり、
そうでないと、本当に休みが必要な人がとれずに、心身に疲労を来たして本来できる仕事ができなくなったりするし、有能な人材が他の地に流れ出てしまうかもしれない。

少なくとも1970年〜80年代では、海の日はなく、みどりの日、昭和の日はなかったし、休日の間にはさまれた日はオセロルールで休日、という規則もなかった。そして、建国記念の日も実は戦後からしばらくは休日ではなかった。
祝祭日は、せめて12日以内に整理して欲しいものだ。
その代わり、各自が自律的に休みを取れるような環境づくりを進める(ワークシェアリングの積極的導入など)ようにすべきと思う。

私見では、成人の日、海の日、昭和の日かみどりの日、以上の三日については祝日にする意味が薄いように感じられるので、平日に戻すべきだと思う。理由は以下のとおり。
・成人式の意味が形骸化している。国が成人を祝う必要はないと思う。
・海の日を祝うならば、陸の日、川の日を祝わなければ不平等。
・大正天皇の誕生日が祝日として残ってないのに、昭和天皇の誕生日を祝日とするのは不平等。天皇によって待遇を区別するのは不敬ではないか。(みどりの日として残すのであれば賛成だったが)






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