矢口十思夫の平成後期徒然よろずほぼ半旬記

身の周りの出来事から日本・世界のニュースまで、感じたこと、考えたことを自分の思ったまま率直に記すエッセイ/コラム。 2018年の更新頻度は不規則も,平均では5日に一度の頻度を維持予定。

一昨日から今年のプロ野球日本シリーズが始まるも、いきなり延長12回の引き分けスタート。一体いつ終わるのかと思うような試合展開。幸い、12回打ち切りの制度があったから良かったものの、海の向こう、米国のメジャーリーグ、ワールドシリーズだったら、決着が着くまで延々と行われるところだった。

野球というのは、アウトカウントが進まないと試合が終わりに近づかない。実際の時間からは自由な競技である。他にも、バレーボールやテニスなども同じ部類に入る。一方で、サッカーやラグビー、バスケットボールなどは、限られた時間の中で決着をつける競技だ。
物理的な時間から自由な競技は、たとえどんなに大差がついていても、理論的には逆転が可能である。野球で九回二死ランナーなしでたとえ5,6点差をつけられていても、突如投手が崩れて同点・逆転というのは、確率としては低いながらもありうる。これがサッカーだったら、残り5分で3点4点差があったら、現実的に形勢逆転はまず不可能だ。

野球が盛んで多くの人に好まれている日本。この競技の特性が、日本人の国民性に影響を与えているようにも思う。どんなに形勢不利でも、時間をかけて粘り強く頑張れば何とかなるという姿勢が、戦後の奇跡的な経済復興に大きく寄与したことは評価すべきことかもしれない。が、一方で、時間管理のずさんさをも招き、そのことが他国に比べ低い労働生産性を生み出している原因ともいえるかもしれない。

特に、日本人は、物事の始まりの時間は守る反面、終わりの時間を守らない傾向が強い。仕事にしても、会議にしても、何にしてもそうだ。ついつい時間そっちのけで、夢中になったり、議論が白熱したりすることはあろう。時にはそれも必要なこともあるが、だからといって、時間管理を疎かにしては、自分も周囲も疲弊し、他に別の約束がある他者に対して迷惑をかけることにもなる。

時間ばかりに縛られるのは人生窮屈だ。だからこそ、時間管理をしっかり行い、お互いの人生の貴重な時間を大切にしあいたいものである。


今年のプロ野球ドラフト会議は今日だった。

毎年、球団毎の戦略や、交渉権を獲得した人材の現時点での評価がいろいろ報道される。

‥が、まだプロの舞台で登板したことのない投手、打席に立ったことのない打者を、今の時点であれこれ言う意味がどれだけあるのだろうか。また、ドラフトが失敗だという言い方も、そのドラフトで選ばれた選手に対してある意味非常に失礼だろう。加えて、ドラフトの選択順位をことさら強調するのも、人々に差別意識や卑屈感を無意識に与えるようで、社会的影響を考えると果たしてどうなのかなと思う。

そもそも、ドラフト会議をショーアップするのが、おかしい。たまたまアマチュア野球が盛んな土壌があり、人々の関心が高いという事情はあるにしろ、日本国内の他の競技でこのような風習はない。外国でもここまでマスコミに取り上げられることは聞いたことがない。これが日本の世界に誇る独特のスポーツ文化といえるのであれば、このままでも良いのだろうが、何だか他人の人生の岐路を単なる見世物にしてマスコミが金稼ぎしているだけで、スポーツの本筋とは異なるように思うし、私は正直良くないと考える。

読書の秋,芸術の秋まっさかり。
そういえば,最近わが娘は漫画に夢中である。
「キャンディ・キャンディ」「はいからさんが通る」を暇さえあれば読んでいる。
もっとも,これは,YouTubeやテレビにはまりがちな彼女に対し,親が教育上よくないと思い,
かといって,文字ばかりの本はわが娘には抵抗がまだあるらしく,せめて漫画でもと,買い与えたらうまくはまってくれた,というのが真相なのだが。

漫画は,一世代前までは文字の本よりも一段低く見られ,本を読むことは奨励されても,漫画を読むことは害悪とされていた。
もっとも,確かに下品だったり,内容のうすい漫画も多々あるが,それと同等かそれ以上に読みものとして優れた漫画は数多い。漫画によって自分の心の中を広げられた経験がある人も多いはずだ。
漫画も,集中して読めば,一つ一つの絵やコマ割り,セリフにいろいろ気づきを与えられたり,考えさせられたり,印象に強く残ったりすることもある。その点では,読書と同様の効果はあるように思うのだが。
もっとも,文字ばかりの本は,自分の頭の中でそのシーンを組み立てるという作業が加わるため,受け手の負担が漫画に比べて大きい点はあるが。

逆に,作り手の立場で考えると,文字ばかりの本の方が漫画よりも数段楽である。文字ばかりの本は,文字を羅列すれば終わりだが,漫画は一つ一つの絵を描くのに,文字だけの本よりも数倍の時間等のコストがかかる。そのことを考えると,文字の本と漫画の評判のこの落差は理不尽にも思える。

そういえば,学校では本の感想文は書かされるが,漫画の感想文は書かされない。
漫画の感想文も認めてくれれば,児童・生徒の作文へのモチベーションが上がるかもしれない。
あるいは,本の感想”漫画”や,漫画の感想”漫画”という課題もあっても楽しいとも思う。もっとも,絵の好きな子なら天国だろうが,絵の苦手な子には地獄だろうが。

漫画の役割をもっと日本の教育界は評価しても良いのではないか。
漫画がこども向け中心の欧米に比べ,日本の漫画は大人にも十分楽しめるものが多い。だからこそ日本の漫画が世界を席巻・魅了しているのだろう。



今日10月16日は,「世界食糧デー」。世界の食糧問題を考える日である。
一時期に比べると,飢餓問題がそれほど騒がれなくなった気がする。途上国の経済発展,農業技術の向上などで,日々の食糧にも欠く人々が減少したのだろう。そのこと自体は喜ばしいことである。
一方で,飢餓とは反対に,肥満をはじめとする健康問題が言われるようになってきている。栄養バランスが崩れ,死に至らないまでも,健康を損ねる人が先進国・発展途上国を問わず後を絶たない。飢餓が問題となっていた途上国では今やむしろ,肥満の問題の方が深刻化しているという,笑うに笑えない話になっている。
確かに昔に比べれば食糧は多くの人々に行き渡るようになってきたのだろう。が,質の高い食糧が本当に行き渡っているのかは議論の余地がある。劣悪な品質の食糧で,かえって健康を害したり,命を落としてしまっては本末転倒だ。今や食糧は量ばかりでなく,質,それも味のみならず,栄養バランスをも考慮した品質が問われる時代になってきているように思う。

今週,安倍内閣の新しい組閣が決まった。
そして,プロ野球読売巨人軍の高橋由伸監督の辞任の報道もあった。

現在の与党,自民党と,野球界の”自称”盟主,読売巨人軍。
組閣のメンバー,中枢部分はほとんど留任。そしてその他は新任者ばかり。
巨人軍の次期監督には,前監督の名前が挙がっている。

とりあえずの現状維持,自己保身の姿勢ばかりが目立ち,次世代へのビジョンがまったく見られない人事。
未来へのモチベーションが何も感じられない人事。
今さえよければよいという考えで突っ走ってきて,過去の成功事例にこだわり,取り巻きとのバランス感覚だけ研ぎ澄ましてばかりで,今という時代と会話をせず,方向性を見定めることもできず,学習・自己啓発もせず,将来への布石も打たずに来たから,次世代の人材が育っておらず,適切な人事ができないのだ。

今の自民党中心の政権も,近々崩壊するだろう。
そして,読売巨人軍も,あと2,3年はリーグ優勝することはできないだろう。いわゆる”連続V逸記録”の更新は確実と思われる。

せめて,日本という国家・共同体の崩壊だけは避けたいものだが・・・・

時が過ぎるのも早いもので,今年2018年も残り四分の一。
気付けば,あと最長7ヶ月で平成時代も終わる。その意味では,今この一日一日が,平成時代最後の月日だということだ。より一層大事に日々過ごしたいものだ。

それにしても,今年は台風・水害・地震が例年になく多い。このままでいくと,今年の漢字は「災」で決まってしまうかのようだ。この「災」の字,14年前の2004年に一度選ばれている。もっとも,過去一度選ばれたからといって,選ばれないことはない。現に「金」は2000年,2012年,2016年の三回も選ばれている。

しかし,確かに天災,災害が多い一年とはいっても,この一年が充実した,幸せな一年,良かった一年という人も中には大勢いるだろう。その人にとって,この一年を表す漢字が「災」となってしまうのは,気分が良いものではないだろう。一文字だけ選ぶとなると,いろいろ都合がよくない人もいるのであれば,いっそ三,四文字の漢字を選び,その漢字で創作四字熟語を作った方が,その年の世相をより的確に表すような気もするが。

「災」以外の漢字であれば,私ならば「平」と「百」を挙げたい。
「平」は,今年が実質平成最後の一年であること,南北朝鮮首脳会談が現時点で今年2回開かれ,両国の平和への思いが共有されたこと。平昌冬季五輪。
「百」は,百年に一度級の災害が多発,今年が第一世界大戦終戦百年。明治百五十年。夏の全国高校野球が今年百回目の記念大会。秋田勢が百三年ぶりに決勝進出。

まだ今年も残り3か月。この間に強烈な出来事が起これば,今年の漢字もまた大きく変わってくることだろう。果たしてどのような漢字が選ばれるのだろうか。


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