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今日からまた新しい月。2010年代も早一か月が経った。プロ野球キャンプインし、今年は冬季五輪が二週間足らず先に待っている。冬と春が混在する時節である。
2月1日といえば、首都圏では中学入試のピークである。十一、二歳の少年少女が、自分の行きたい学校に入るために、この運命の日に向けて何年も前から準備する。
中学受験は,私自身は経験はないが,同級生は小学校5年の後半頃から遊ぶ時間を削って準備していた記憶がある。4年〜5年までは放課後によく外で遊んでいたのに,6年生になると塾に行く,模擬試験受けるとかで急に一緒に遊ぶ機会が減ってしまった記憶がある。その甲斐あって私立中学に無事合格した同級生は今頃どのような人生を過ごしているのだろうか。
私の子供の頃よりも今の子供の方が,もっと中学受験が一般的になっているようだ。別に中学受験の準備のために勉強すること自体は否定するつもりはない。その過程で将来役立つ知識を効率よく覚えられ,今後の人生に良い影響を与えることもあるだろう。しかし,人生は知識だけでは生きていけないし,知識を生半可に過剰に得るがために,本質的なことが見えにくくなり,かえって人生を有意義かに生きていくうえで大切なものを失ってしまうのではという思いもある。
日本の今は「学歴社会」という前提で,子息を将来の安定した職に就かせるために,有力な大学,そしてその大学に行くために有利な高校,中学に早い段階で行くことで将来の安心を得たいという親の心が働いて,必要以上に子供を中学受験に向かわせている部分もあるのだと考える。しかし,将来の安定した職の定義はあくまで「現在」の定義であり,未来では異なってくることもある。有力と思われた産業が数十年後も有力であり続けることはないに等しい。本当に必要なのは,どのような状況にも対応できる能力をつけることであり,新しい産業,新しい世界を作ることのできる能力をつけることなのではないか。それが果たして中学受験準備で養われるのだろうか。私は分からない。
むしろ,中学受験の準備ができる人出来ない人,合格者・不合格者の間に断絶が起こり,まだ柔軟な心の持ち主である十一,二歳前後の少年少女の心に禍根を残すことになるのではないかと思う。そして,その禍根は,不合格者や中学受験に参加できなかった人より逆に,合格者の方に大きく残るのではないかと心配している。合格したことで「努力さえすれば目標・夢は必ず実現する」という自信を得るのはいいが,それを通り越して過信・傲慢になり,不合格者や中学受験に参加しなかった人,できなかった人に対する特権意識・差別意識を持つようになり,その後の長い人生の多少の挫折で不要に性格をゆがめたり,被害者意識を増幅させてしまったりするかもしれない。あるいは体よく成功を収めたとしても,成功できなかった人への想像力が欠如し,非常に冷たく鼻もちならない人物として社会の中枢を担って、この社会を誤った方向へ進ませてしまうかもしれない。
中学受験のみならず,子供の受験については,これからも考え続けていきたい。まだわが娘の受験のことで悩むのは当分先のことであるが。そのときになればまた社会も学校制度も多少変わっているかもしれないが。その前に,娘にとっては大イベント,断乳のときが十日後に迫っている。