今日は子どもの日。この日になると決まって15歳以下の人口が年々日本では減っていることが報道され,少子高齢化を嘆く論調がメディアを賑わす。

私はいつも思うのだが,「少子化」と「高齢化」を一緒くたにして論じるのはおかしいと思っている。確かに,日本全体の人口構成を考えれば,将来国を支える若くて元気な人々が少なくなり,体の機能の衰えた人が割合として増えていく傾向を心配する気持ちは理解はできる。しかし,「高齢化」を問題・否定するのは,人々が長生きすることを否定することにつながるのではないか。人間は生きている限り確実に年を取る,つまり「高齢化」するわけであり,「高齢化」するということは,生き続けてきた勲章であるのだ。「高齢化」を否定するのは「生命」を否定することになると思う。

問題にすべきは「少子化」であるが,これを論じるにも慎重にしないといけない。「今の若い人は結婚しない,子どもを産もうとしない」と嘆く人も少なくないのだが,多くの若者は結婚を希望し,子どもも平均2人は欲しいと思っていることは覚えていて欲しいと思う。希望していても経済的な事情,身体的な理由で結婚・出産をしたくてもできない人も相当数いるのだ。そのような事実があるにも関わらず,人口統計やメディア上の論調に乗じて,今の若者を他人事のように批判するだけでは,若者の心を傷つけるだけで何の解決にもならない。本当に少子化を憂えるのであれば,現在享受している自己の利得を削ってでも,将来への投資としてこれから結婚・出産する世代および現在子育て中の世代への支援に物心両面で回すべきだと思う。

「少子化」が問題なのは,確かに将来の人口構成もそうなのだが,私はむしろ将来に対する国民の不信,諦めの気持ちの表れなのではないかと危惧する。
地球環境の破壊,資源の枯渇,国際情勢の不安定化,治安の悪化,教育水準の劣化,・・・メディア上で流れるニュース報道は気持ちを暗くさせるものばかりである。このような社会に次世代として我が子の生を預けていいのかと不安に思ってしまうのも無理はないと思う。
しかし,どのような時代であっても,人間は知恵を出し合い,協力し合って危機を打開してきたからこそ,今まで人類は生存の歴史を重ね,命のリレーをし続けて,現在があるのだ。かつては核戦争の危機,石油禁輸の危機もあったのに,現にこうして人間は地球上に存在させてもらっている。この事実を忘れずに,将来に対する希望と勇気を持ちつつ,日々自分に与えられた能力を生かして,少しでも社会に恵みと喜びを作り出そうと一人でも多くの人が思い行動していけば,将来は決して暗いものではないはずだと思っている。