矢口十思夫の平成後期徒然よろずほぼ半旬記

身の周りの出来事から日本・世界のニュースまで、感じたこと、考えたことを自分の思ったまま率直に記すエッセイ/コラム。 2018年の更新頻度は不規則も,平均では5日に一度の頻度を維持予定。

カテゴリ: 教育

今日、私の住む町の図書館に行くと、こども向けの本棚に、この「日本の歴史」平成の30年という漫画本があった。
私が成人してからの時代は、まさに平成時代と重なる。こどものため、というよりも、自分自身の興味先行の形で、思わず借りて、早速読む。

日本では「平成時代」ではあるが、世界全体でみれば、「ポスト冷戦時代」。また、ほぼ1990年代、2000年代、2010年代と重なる。
この30年間、果たして日本にとってどのような時代だったのか、世界にとってどのような時代だったのか。

いろいろ辛く苦しいことはあったものの、こうして明日の生命の危険を感じずに生きていけるのは幸せと感じるべきだと思う反面、何かと急かされ、焦らされ、心休まること少なく常に苛立たされ、未来への希望を持ちにくい現況にもどかしく思う部分も大きい。

そんなこんなで、平成時代も残り最長80日ちょい。それにしても、次の元号は何なんだ。DSC_0354

読書の秋,芸術の秋まっさかり。
そういえば,最近わが娘は漫画に夢中である。
「キャンディ・キャンディ」「はいからさんが通る」を暇さえあれば読んでいる。
もっとも,これは,YouTubeやテレビにはまりがちな彼女に対し,親が教育上よくないと思い,
かといって,文字ばかりの本はわが娘には抵抗がまだあるらしく,せめて漫画でもと,買い与えたらうまくはまってくれた,というのが真相なのだが。

漫画は,一世代前までは文字の本よりも一段低く見られ,本を読むことは奨励されても,漫画を読むことは害悪とされていた。
もっとも,確かに下品だったり,内容のうすい漫画も多々あるが,それと同等かそれ以上に読みものとして優れた漫画は数多い。漫画によって自分の心の中を広げられた経験がある人も多いはずだ。
漫画も,集中して読めば,一つ一つの絵やコマ割り,セリフにいろいろ気づきを与えられたり,考えさせられたり,印象に強く残ったりすることもある。その点では,読書と同様の効果はあるように思うのだが。
もっとも,文字ばかりの本は,自分の頭の中でそのシーンを組み立てるという作業が加わるため,受け手の負担が漫画に比べて大きい点はあるが。

逆に,作り手の立場で考えると,文字ばかりの本の方が漫画よりも数段楽である。文字ばかりの本は,文字を羅列すれば終わりだが,漫画は一つ一つの絵を描くのに,文字だけの本よりも数倍の時間等のコストがかかる。そのことを考えると,文字の本と漫画の評判のこの落差は理不尽にも思える。

そういえば,学校では本の感想文は書かされるが,漫画の感想文は書かされない。
漫画の感想文も認めてくれれば,児童・生徒の作文へのモチベーションが上がるかもしれない。
あるいは,本の感想”漫画”や,漫画の感想”漫画”という課題もあっても楽しいとも思う。もっとも,絵の好きな子なら天国だろうが,絵の苦手な子には地獄だろうが。

漫画の役割をもっと日本の教育界は評価しても良いのではないか。
漫画がこども向け中心の欧米に比べ,日本の漫画は大人にも十分楽しめるものが多い。だからこそ日本の漫画が世界を席巻・魅了しているのだろう。



今日,大学時代の同窓会に参加した。
幸い,同窓会の幹事役を好んで引き受けていろいろやってくれる人がおり,その方の尽力で,5年に一度の頻度で同窓会を開いている。
今回集まったのは,同級生65名のうち,15名。出席率23%。
なお,残念ながら2名が亡くなっているので,参加可能な人に絞っていうと23%。
前回は25名集まっていた。それぞれ家族や仕事で責任が増え,なかなか参加が難しくなっている部分もあるだろうが,その中でこの参加率はなかなか優秀に思う。

お互いの近況報告を交換し,旧交を温める貴重なひとときであった。
仕事も地位も,家族形態もさまざまで,話をしていて非常に楽しかった。
学生時代はいろいろはちゃめちゃだった奴が,今では要職について部下や学生等を指導する立場についていたりしている様子を見ると,昔の姿とのギャップがおかしく笑ってしまう。
家族形態も,思ったより離婚経験者が多く,さまざまな修羅場を潜り抜けて,貴重な人生経験を踏んでいる人が結構いたことに改めて新鮮な驚きを覚えた。
こどもが就職や大学受験などを控え,その悩みを共有したり,あるいは大学や企業に勤めている人が,同窓生の子息の青田買いをしようとする様子なども,ほほえましい反面,今の時代のせちがらさも見え,少々切ない気分も味わった。

同窓生が,それぞれの人生を,いろいろ苦悩を抱えながらも,それでも前向きに歩んでいる様子をうかがえ,このところ様々な難題が一気に降りかかって苦悶していた自分にとっても,かけがえのない貴重なひと時となった。人生の多様性というのを改めて実感した。


「みんな」がいいというもの。
「みんな」がすばらしいと思うもの。
「みんな」が大切だと思っているもの。

・・・それが本当にいいものか?
   本当にすばらしいものか?
   本当に大切なものか?

本当にいいもの,
本当にすばらしいもの,
本当に大切なものは,

「みんな」が見落としているところに
実はあることが結構ある。

自分がいいと思うもの,すばらしいと思うもの,大切だと思っているものが,
「みんな」と違うからといって,あわてたり落ち込んだりする必要はない。
それこそが個性であり,ゆくゆくは自分自身の強みになっていく。
そして,場合によっては,あとで
「みんな」がいい,すばらしい,大切だ,
と評価してくれることもある。

だから,「みんな」に負けず,
自分自身を大切に生きていってほしいものだ。


今日から我が家は家族で外国旅行に出かける。
わが子は今小学生。1週間程度以上の長期旅行に家族で出かけるチャンスは,夏休み,冬休みしかない。
春休みは大人の私と妻は年度末あるいは年度初めでいろいろ仕事が忙しいし,大人の我々が割と休みの取りやすい時期に限って,わが子は学校の授業が普通にある。
そして,夏休み,冬休み,旅行に行きやすいシーズンに限って航空料金は跳ね上がる。

こどもを休ませて,大人の都合に付き合わせて旅行に出かけるのは心理的抵抗がある。義務教育をわが子に受けさせないのは,大人がこどもの教育を受ける権利を奪っているように感じるからだ。(とはいっても,学校で受ける教育が必ずしもこどもに本当の意味で役に立っているのかどうかは議論があるところではあるが。)
かといって,わざわざハイシーズンに,お金を余計にかけて出かけるのも何だかもったいない。
経済の原則で,需要と供給のバランスで価格が決まることから,ハイシーズンに価格が上がるのはある程度はやむを得ないと理解はするが,せめてこども料金についてだけでも,大人の半分から三分の一程度にしてもらえないだろうかと思う。旅行というのも,机上の勉強だけでは得られない,得難い貴重な体験をいろいろできるものだし,それらは絶対に人生を強く,豊かにし,国家・社会にも貢献できるものだと思うのだが。
さもないと,これからの世界を担う若者やこどもがますます内向きになり,結果少子化がどんどん進んでしまうと思うのだが。

それにしても暑い。暑すぎる。

さて,小学生のこどもたちもいよいよ夏休み入り。夏休みと言えば自由研究。
自由研究については,昨年の今頃も一筆書いたが,題材に困っている方々に,今年ならではのネタを一つ提供したい。参考になれば幸いである。

今年は何と言っても平成最後の夏。ということで,平成時代を振り返ることをテーマとしたらどうだろうか。

より楽しく,というのであれば,例えば,平成元年から今年までの出来事を並べて,双六を作る,というのはどうだろう。
図書館に行って,過去の新聞の縮刷版を見ながら当時の世相を確認したり,あるいは当時を生きた親たちに昔のことを聞いたりしながら,30マス〜60マスぐらい作り,それぞれのマスに当日の出来事を書けば,遊びながら近代史の勉強にもなる。出来事に応じて「一回休み」「〇マス戻る」「順位を入れ替える」など工夫すれば面白味も増す。

出来事の選択は,個人個人の関心事に応じてすれば個性が際立つ。このすごろくを夏休み明けに先生に提出すれば,それなりに評価してもらえると私は思うのだが。

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