矢口十思夫の平成後期徒然よろずほぼ半旬記

身の周りの出来事から日本・世界のニュースまで、感じたこと、考えたことを自分の思ったまま率直に記すエッセイ/コラム。 2018年の更新頻度は不規則も,平均では5日に一度の頻度を維持予定。

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リオデジャネイロパラリンピックも,昨日(現地時間では一昨日)閉幕。これで,オリンピックからパラリンピックまでの約一か月半に渡るスポーツの祭典が終了した。

当初はきちんと開催されるかと危ぶまれていたが,特に重大で大規模なトラブルが発生することもなく,何とか無事に行われたことは素直に評価すべきだろう。もっとも,マスコミ報道では知られていない部分でいろいろ問題は発生しているとは思うが。しかし,大統領が弾劾裁判所で裁かれていて行政が半身不随の状態でも何とかこのような国際的スポーツイベントが実施できるというのは,一つの前例として残った。これが本当にいいことなのか悪いことなのかは評価しかねるが。

日本選手団の成績について。オリンピックの金12,銀8,銅21のメダル計41は,マスコミ報道では大健闘との評価だが,私はほぼ前評判どおりだったと思う。強いていえば,もう少しメダル獲得の種目の多様性があっても良かったかな,とも思うが。競技相手との巡り合わせ等もあるし,まずまず妥当な結果であったろうと思う。
一方のパラリンピックだが,銀10銅14のメダル計24。選手一人ひとりの頑張りは純粋に評価すべきだし,メダル数自体は前回大会より増えたが,金がゼロというのは正直予想外だった。オリンピックと比較しても,全種目・メダル数等を考えると,率直に言って見劣りする。これは,日本社会の障害者に対する意識がこのメダルに表れているといってもあながち間違いではないような気もする。オリンピックには注力しても,パラリンピックに対しては力を抜いている部分があるのではないか,と思わせる。

大会全体を見ると,特にパラリンピックの盛り上がり方,そして競技レベルの向上に目を見張るものがあった。種目によってはオリンピックとそん色ないどころか,オリンピックを上回る水準の記録もあった。パラリンピックとオリンピックを統合して開催する案もそろそろ検討すべき時期にも来ているのかもしれない。(実際に開催するとなると,会場準備やその他でいろいろ問題はあるだろうが。)

2020年の東京オリンピック・パラリンピックまで4年を切っている。かつてのリオデジャネイロと同様,いろいろな不祥事等が噴出して,果たして開催できるかどうかという問題もあるが,将来の世代に過剰な負担を背負わすことなく,世界に祝福されるような大会を,本当に可能であれば開催できるようにしたいものである。

リオデジャネイロオリンピック真っ最中,夏の甲子園も始まり,アメリカ合衆国はイチロー選手がメジャーリーグ通算3000本安打を達成とスポーツで賑やかな昨今。その中,昨日の天皇陛下のビデオメッセージは,いろいろ考えさせられた。

日中は仕事のため,録画機をセットし,帰宅後改めて見た。
平成の時代の「玉音放送」,いや「玉画放送」というべきか,あるいは「人間宣言」というべきか。
昭和末期の社会の混乱,自粛の連続や,元号や葬儀などのあり方が密室で決められる非民主性を記憶する世代にとって,「生前退位」というのは現代に即した合理的である意味親切な方法だと感じる。
いきなり天皇が崩御してしまった時の混乱を避けるために,前もっていろいろ計画的に物事を,オープンな形で進めるべきだ。

確かにいろいろ新たな法整備が必要だったり,諸々の条件を考慮して慎重に決断しなければならないことはあるだろう。が,無駄な時間をかけているヒマはない。
「象徴天皇制」の役目を,現行の日本国憲法やその精神と照らし合わせつつ検証し直し,改革すべきところは改革し,守るべきところは守って,速やかに今上天皇の「生前退位」が可能となる環境を作っていかねればならない。
時間を浪費していると「生前退位」も出来ず,後に「国賊」内閣と言われる可能性があることを,現内閣には肝に銘じてほしいものだ。

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韓国の仁川で行われていたアジア大会が一昨日閉幕した。
いろいろ細かな問題はあったが,大事故はなく何とか無事行われたのは幸いではあった。が,
日本の報道に接する限りでは,現地での盛り上がりも今一つで,この大会のためにかかったコストを回収するのは今後非常に困難だという話である。
次のアジア大会は,当初は激しい招致合戦の末,一度はベトナムのハノイに決定したが,今年4月に,開催するだけの財政力がないという理由で開催地返上をしている。一時期はどうなるのかと思ったが,仁川大会の開催中に,インドネシアのジャカルタが次の開催地に何とか決まったらしいが。
そして,2022年冬季オリンピックの開催地招致レースだが,大本命だったノルウェーのオスロが,立候補を取り下げたというニュースがあった。現在候補として残っているのが,カザフスタンのアルマトイと,中国の北京のアジアの二都市だけという事態になっている。
オリンピックやアジア大会など,大規模な国際スポーツイベントは,その経済的効果を狙って世界各国の都市がこぞって開催地争いを繰り広げてきたが,あまりに莫大な初期投資のコストと,そのコストに見合う利益の確保の可能性が不透明になってきた現在,開催の魅力が急激に落ちてきているように感じる。

次の夏季オリンピック,ブラジルのリオデジャネイロも準備状況が思わしくないと聞く。次の次の東京大会も,度重なる競技場や建設計画の変更・見直しが相次いでいる状態である。
スポーツ本来の魅力や力とは別のところで,経済的事情の不都合により国際スポーツイベントが危うい状況になってきているのが残念だ。
今から50年前に開催されたときの東京オリンピックは,五輪憲章を体現した理想的なオリンピックだったように思われる。そのときの輝きを,今後のオリンピックやそれに類する大規模な国際スポーツイベントは引き続き保っていけるかどうか,今岐路に立たされている。

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