矢口十思夫の平成後期徒然よろずほぼ半旬記

身の周りの出来事から日本・世界のニュースまで、感じたこと、考えたことを自分の思ったまま率直に記すエッセイ/コラム。 2018年の更新頻度は不規則も,平均では5日に一度の頻度を維持予定。

タグ:体重

年齢は生きている限り増える一方だが、体重は、ある一定年齢までは上昇するが、それ以降は個人差が激しい。増える一方の人もいれば、落ち着く人、増減の激しい人様々だ。祖してこの世を去る前には減ることが多い。
思えば、赤ん坊は生まれるときは、未熟児でない限りは2〜4kg、その後は急激に増え、成人までには多くの健康な人は、女性から40kg以上、男性なら50kg以上になる。従って、生まれてからはしばらくは、年齢が体重を上回る状態が長く続く。
年齢(年単位)と体重(kg単位)が逆転するというのは、年齢が相当重なった状態ということであり、多くの人にとっては、自分自身が年を取ったという事実に気付かされることでもある。その意味では、あまり喜ばしいことでもないのか。若干の、肥満に悩む人にとっては、嬉しいことかもしれない。いや、そもそもそのような人の中には、体重と年齢が逆転する経験をすることなく、生涯を終える人も少なくない。

この間誕生日を迎えたばかりの妻に、「年齢と体重が逆転するとしたら、どんな気分なのだろう?」と聞いてみたら、「そんなこと考えたこともない!」と言われてみたので、このことについて考えてみた。確かに、特に女性にとってはあまり嬉しいことではないのかもしれない。最初の逆転は、年を取ったという意味であるし、そのあとまた逆転するとしたら、太ったという意味である。

「年齢と体重が逆転したときの気持ち」は、女性には特に聞いてはいけない。ヤブヘビにカエルを与える行為に等しい。バレンタインデーに心のこもったチョコレートを欲しいと思う男性は、女性にこの質問をしては絶対にいけない。

今日からちょうど一年前、我が妻は突如ダイエット開始を私の前で宣言した。
前日に会った妻の母及び妹から、「あなたずいぶん太ったわね・・・。そのままだとまずいわよ!夫に何も言われないの?」と言われたらしい。
(実は私も当時、「近頃あごの肉付きが豊かになったなぁ」とは思ったのだが、外見からは健康を心配するほどではなく、特に気にしなかった。)

その後半年あまり、彼女は涙ぐましい努力を続けた。食べることが何よりの楽しみであった妻が、間食を一切やめ、夕食も以前の半分にした。面倒くさがり屋の妻が、エレベータやエスカレータを使わないようにし、時間や場所を見つけて極力歩くように努めた。そして半年後には明らかにほっそりとした。その後は諸事情があり過酷なダイエットはしてはいないが、健康の保てる水準の体重は維持している。妻の努力する姿勢を高く評価し、その労苦を心からねぎらってあげたい。

電車内の広告やテレビのコマーシャルには、ダイエットに関する製品の情報が溢れている。ということはそれだけ必要とする人が(特に女性に)多いのだろう。
体重は、消費するカロリーを増やし、摂取するカロリーを抑えれば減る。あったりまえである。しかし、現代社会ではこれを実行するのが難しいようだ。人と付き合えば自然と飲食する機会は増え、またイライラしたり手持ち無沙汰だったりするとお菓子やジュースなどに手が伸びる。便利な社会になって体を動かす機会が減ってきている。よっぽど自分を律していかない限り、現代社会はダイエットには厳しい環境である。

しかし、一歩引いて考えてみると滑稽な話である。楽に食物を手にいれて、体を酷使せずに暮らす生活様式は、古来人々が夢見てきたものではなかったのではないだろうか。まさにその夢を手に入れた現代の人間が、お金とエネルギーと時間をかけて必死な思いでダイエットに勤しんでいるのである。

必死な思いで食物を獲得し、移動はすべて自分の足を使っていた大昔の人々が、このような子孫の姿を見たらどのような感想を持つのだろうか。

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