矢口十思夫の平成後期徒然よろずほぼ半旬記

身の周りの出来事から日本・世界のニュースまで、感じたこと、考えたことを自分の思ったまま率直に記すエッセイ/コラム。 2018年の更新頻度は不規則も,平均では5日に一度の頻度を維持予定。

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大関稀勢の里がやっと初めての幕内優勝を飾った。
ここのところの安定した成績に加え、千秋楽に横綱白鵬を破ったことで、横綱になるのは間違いないだろう。今場所に限ってはライバル力士の休場やケガによる不調という幸運があったものの、私も横綱昇進については問題ないと思う。昨年に続き、日本出身の優勝力士が誕生し、年初の私の予想が当たり嬉しい。 

20年前に比べると本当に相撲の世界はグローバル化が進んだ。外国人力士、外国出身力士の割合が増えた。10年間は外国人力士、外国出身力士が優勝し続け、日本出身の横綱も10年以上不在だった。外国人力士、外国出身力士の活躍は色彩豊かで見ていて楽しい反面、自国出身力士の目覚ましい活躍が長い間あまり見られなかったのは寂しい気持ちもあった。

今後は、せめて横綱・大関陣の一角はimage
日本出身力士が占め、常に外国出身力士と日本出身力士が激しい優勝争いを繰り広げていって欲しいものだ。そのことにより、相撲界が国内外から更に注目や関心を集めていってほしい。それが,相撲を通じての日本のソフトパワーの貴重でかつ力強い発信になると思うからだ。

一昨日から,第三回ワールドベースボールクラシック(WBC)が始まった。
過去二大会は。戦前の予想に反し日本が連覇したが,果たして今回はどうなるか。

昨日までは何とか二連勝のスタートだが、ずばり,優勝は厳しいと思う。
まず,監督が決定したのが,他の有力国に比べてかなり遅れたこと。
また,メジャーリーガーが今回は一人も参加しないこと。
更に,ここ数日漏れ聞く情報では,選手のコンディションが心身とも今一つであること。
日本国民としては,優勝は厳しくとも,せめて四強の一角には入って欲しいと思うが,
どうだろうか。

また,WBCの今後を考えると,同一国ばかりが優勝しすぎるのもどうかと思う。
ごく限られた国しか勝てないとなると,その競技自体への世界的関心が薄まり,WBCの大会自体の権威が疑われてしまう。最悪,WBCの大会そのものが消滅してしまい,日本の大会二連覇の偉業も歴史の水雲としてうずもれてしまう悲しい事態となってしまう可能性もある。まるで,オリンピック競技から除外危機にあるレスリングのように。

とはいっても,選手には優勝目指して全力を尽くして欲しいし,その結果が優勝であればやはりうれしい。ただ,仮に優勝がかなわなくても,監督・選手はともかく,一般のファンは落ち込むことはまったくないと思う。さすがに最初のラウンドで敗退してしまうとがっかりだが,上位四チームの中に入れば御の字,十分喜んでいいことだと思う。

今度の優勝は、中南米の国だと思う。ドミニカ共和国か、ベネズエラか、キューバあたりだろう。

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なでしこジャパンにお祝いのメッセージを! に参加中!
「努力すれば、夢・願いはかなう」
この言葉を口にする人は多いが、私は言葉足らずで違うと思う。
精一杯の努力をしても、夢や願いを実現できない人は、現実には大勢いる。
この現実を知りながら、あるいは愚かにも知らずに、「努力さえすれば必ず夢・願いは実現する」という幻想を振り撒くのは、大人として無責任だと思う。また、「夢・願いを実現できなかった人は、努力が足りなかったからだ。」という誤った考え、根拠なき差別意識を広め、生きにくい社会にしてしまう危険をもたらすと思う。

ただ、「夢・願いを実現できるのは、努力をした人だ。」というのは間違いではないと思う。世間で成功した人で、全く自分で何の努力もしなかったという人は皆無であろう。夢や願いを実現するためには、努力は必要条件であるということは正しいはずだ。(ただし十分条件ではないが)

努力というが、一般には苦しんでするものというイメージがあるが、果たしてそうであろうか。夢や願いを実現するための過程と考えれば、苦しみよりも、楽しみが勝ることは大いにあるとも思う。また、努力する行為そのものが好きで楽しいことであれば、それ程苦しい思いをすることなく努力し続けられるのではと思う。
その積み重ねが、時と場合によって花開くことがある、というのが真実なのだと私は思う。
また、花の開き方も、いろいろなのだとも思う。自分の望みどおりに開く場合もあれば、自分の思いもよらなかった方面で、意外なタイミングで開くこともあろう。しかもそれが、自分が無意識の内に、実はいちばん望んでいた形で実現したりすることもあるかもしれない。

…ということを、なでしこジャパンのFIFA女子ワールドカップ大会初優勝のシーンや報道を見て考えた。性別による偏見や無理解、厳しい経済状態や練習環境の中で、心身さまざまな苦労があっただろうが、彼女たちは、サッカーへの情熱と愛情を胸に、前向きな気持ちでたゆまぬ努力を積み重ね、試練と挫折を味わい続けた。優勝の栄光を賞賛するのも大事だが、それ以上に、逆境続きの中での彼女たちの努力の経緯、そして彼女たちを支援し続けた周辺の人々に敬意を表したい。そして、同様か、あるいはそれ以上の努力をしたにもかかわらず惜しくも栄光にたどり着けなかった他国のチームの選手・関係者にも同様に、敬意を表しねぎらいの言葉をかけたい。








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昨日でプロ野球の交流戦が終了した。
3年前から始まったセントラルリーグとパシフィックリーグの交流戦,この試み自体は評価している。リーグ優勝して日本シリーズに出場しない限り実現しない,異なるリーグのチーム同士の対決が見られる楽しみが増えるし,選手にとっても,いろいろなチーム,選手と対決する機会が増えるのも技量の向上に役立つであろう。特に,パシフィックリーグ所属チームの選手は,高校時代憧れだった甲子園球場でプレーできる機会が得られるのは嬉しいに違いない。

ただ,ペナントレースに比べて明らかに試合数が少ないし,その交流戦の期間だけで優勝チームを決める必要は私はないと思う。米国のメジャーリーグ(MLB)のインターリーグ(日本のプロ野球の交流戦にあたる)で,優勝チームを決めて表彰するなどということはしていないし,今回のように同じ勝率で並んだときに,前年の交流戦の上位チームが優勝というのはすっきりしない。
だいたい,どこのプロの球技の世界で,成績最優秀のチームが複数出たときに,前年の成績上位がそのまま優勝するなどという制度があるだろうか。ペナントレースの後に上位3チームで訳のわからないハンディをつけたクライマックスシリーズという名のプレーオフで優勝チームを決めるのであれば,むしろ交流戦後に同点チーム間でプレーオフを実施すべきではないか。

だいたい,今のプロ野球は一年で優勝チームが多すぎる。5年前まではそれぞれのリーグの優勝チームと,そのチーム同士で争う日本一のチームだけであるのに,今は,交流戦?リーグ優勝?クライマックスシリーズの優勝?日本一?どの優勝がどれだけ価値があるのか訳が分からなくなってきている。その年の印象的な野球シーンが何であるのか,パシフィックリーグが上位3チームによるプレーオフを導入した2004年以降思い出せなくなってきている。

優勝チームをたくさん出すことでメディアの注目を集めようとしているのだろうか。かえって「優勝」の価値が低下し,野球熱を冷ますことにつながるのではないだろうか。

アマチュアで未成年が行う高校野球の方が,様々な問題を抱えながらも,トーナメントの一発勝負で,技量が未成熟にも関わらずプロ野球以上にファンを熱くさせている現実をプロ野球の関係者,特にオーナーや機構の責任者は真剣に考えて欲しい。

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