矢口十思夫の平成後期徒然よろずほぼ半旬記

身の周りの出来事から日本・世界のニュースまで、感じたこと、考えたことを自分の思ったまま率直に記すエッセイ/コラム。 2018年の更新頻度は不規則も,平均では5日に一度の頻度を維持予定。

タグ:原発

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「好き嫌いをせずに食べなさい」
こどもが親から必ず言われる言葉である。私もよく言われ,嫌いなものを何とか食べる努力をしてきた。
そのお陰で,今は偏食はほぼなく,同世代の人間の中では健康に恵まれている方だと思う。
私の娘は,幸いにも食欲旺盛かつ,好き嫌いがなく,何でも食べる。そのお陰でこの2013年は病気で保育園を休むことは一日もなかった。残念ながら昨月はインフルエンザにかかって久々にダウンしてしまったが。

食べることは好き嫌いをしないようによく言われるが,人付き合いや知識,思想についてはどうだろう。これはこどもというより,大人に対していうべき言葉かもしれないが。
なぜそう思うかというと,国内でいえば昨今のヘイトスピーチやアンネの日記の本損壊事件,事実に基づかない原発に関する諸活動。隣国では歴史的事実からあまりに逸脱した感情的なまでの反日活動。世界全体を見れば,人種の違いや身分の違いからくる偏見・無知をベースとした差別。
外見的・表層的なものをとっぱらって,もっとお互いを理解する姿勢が必要だと思う。それができないでいる人達を見ると,あまりの偏りすぎた頭と心の見苦しさに,こちらも気分が悪くなってしまう。
それ以上に,そのような憎悪・悪意を利用して影で自己中心的な動きをしている邪な権力者の存在にさらに何とも気持ちの悪い思いを抱く。
人付き合いとまではいかなくとも,本やインターネットなどで,自分と考え・意見が異なる人の声を聴き,なぜそのような考えをするか,時間を取ってじっくり考えてみる必要はあると思う。せめてそれくらいの度量を持つ人間でありたいと思う。それを阻むものは,生きていくために最低限必要なもの以外は全て捨て去るべきだ。さもないと,この地球・社会・国家が自らの生命の維持さえ困難となる厳しいものとなってしまう可能性が高くなってしまう。


2020年6月10日の十思夫様へ

誕生日おめでとうございます。
私は、8年前の貴方です。

家族は元気ですか。両親は健在ですか。
妻,娘とは変わらず仲良く過ごしていますか。
仕事は順調ですか。使命感と誇りを持って,取り組めていますか。

日本はどんな感じですか。大地震はその後、またどこかで起こったのでしょうか。
東北の被災地は復興していますか。
原発はその後どうなっていますか。
政治、経済の状況はどうなってますか。
今年のオリンピックは、どこで開催されることになっていますか。

世界はどうなっていますか。
相変わらずどこかでテロが頻発しているのでしょうか。
資源や環境問題は相変わらず未解決のままですか。
科学や技術はどの程度進歩していますか。新しい産業や製品が誕生していますか。

もしも貴方から、今の私にアドバイスあればお知らせください。
貴方に会えることを信じつつ、今から対策・準備します。

では8年後に会えたら会いましょう。

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昨日までのクリスマスモードの街の装いが,今日になると年末年始モードに一新。
一日違いでこうも変わるものだろうか。
同じ土地にいながら欧米から日本へ瞬間移動したような錯覚さえ覚える。

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今週が終わればいよいよ今年も終わり。新年が明ける。
今年は世界も日本も本当に色々なことがあった。
今年の初め,「今年は全世界的・全国的大イベントというのが数少ない」などと言っていたが,とんでもない戯言であった。予定されていたイベントは確かに少なかったが,想定していない出来事が頻発した。
その一つ一つについては既に当ブログでその都度述べてきたので,ここでは敢えて述べない。
今年が終わったとしても,今年の出来事は来年以降へ大きく影響する物事ばかりである。
今年の重大ニュースのうち,今年の出来事として片づけられるものがほとんどない。
(地震・津波・原発事故・他天災・中東情勢・経済危機・朝鮮半島情勢・国政・・・・)

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11,23,この数字の含まれる年(和暦あるいは西暦)は,
地震と原発関連に関する何かが起きる年なのであろうか。

1923年   関東大震災
昭和23年  福井地震
平成11年  東海村JCO臨界事故

そして今年,2011年 平成23年 東日本大震災 福島第一原発事故

サンプルがあまりに少なく,これを持って一般化して厄年扱いするのはおかしいし,
単なる偶然であるとは思うが。

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年末年始休暇まで残り数日。今年はよくぞここまで,五日に一回のペースを守って
ブログの記事を書き続けてこられた。自分で自分を褒めたい。

それにしても,三連休中に階段で転倒して強打した右膝下が痛い・・・(T T)



 

原発事故のために避難を余儀なくされている人たちが、避難先で差別を受けている話をちらほら聞く。
差別をする側の無知さと自己中心さに、怒りしか感じない。彼らには原発から生まれる電気を使う資格はない。放射線物質は人を介して伝わるものではないし、今漏れ出ていると言われているものは、時間が経てばほとんど無力化するし、原発から適切な距離を取っていれば影響は無視できる。それを知らずに差別しているのであれば愚か者だし、知ってて差別しているのであれば人間としてより悪質である。
…とかなり強い言葉で表現したものの、差別する側の心情も理解できなくはない。目に見えない、そしてよく理解できない放射線だか放射能だか、面倒なものはなるべく自分のそばには置きたくない、ただでさえ、不景気で、震災により先行き不透明で身心ストレスがたまる中、更にストレスを呼び込む原因は可能な限り排除したいという気持ちは想像できる。
とは言え、あらゆる差別は、差別を受ける人々の痛みを考えれば、絶対に容認できない。差別する人々も、心からしたくてしている人はいないと思う。
発電所の事故でこのような差別を生み出し、人と人との関係をズタズタにしてしまう様子を目の当たりにしてしまうと、これからのエネルギーを原子力に頼り続けていくことは社会にとってあまりにリスクが大きい。差別が一切ない、成熟した社会を築くことができて、初めて人類は原子力を用いる資格を得られるような気がするが、本当にそのような社会を、今の人類は実現できるのだろうか。
もっと身の丈にあった技術で、心安らかな社会を築きたいものである。

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福島第一原発 放射能 に参加中!
今日は統一地方選挙前半戦。東京都知事選挙も今日中に結果が出るだろう。結果については後日タイミングが合えば述べたいが,果たしてどうなるか。

明日で震災発生一ヶ月。政府が名称を,朝日新聞等を始めとする報道メディアの大勢を後追いする形で「東日本大震災」と決めたが,個人的にはこの名称は,NHKが用いていた「東北関東大震災」の方が相応しかったと思う。いわゆる東日本という広範囲で被災しているのは事実ではあるが,甚大な被害を被っているのは東北地方から茨城・千葉の東関東の太平洋沿岸であり,また福島第一原発事故の影響で交通網遮断,計画停電などで関東地方も影響を受けている。「東日本」というと,新潟・長野・山梨・静岡も入ってくるし(震度6強の地震も起こっていることは事実ではあるが,死亡者はゼロ),日本の半分が機能麻痺しているような印象を与える。

それにしても,地震学者が今回のマグニチュード9.0の地震を「想定外の規模」といったり,原子力発電の関係者が「想定外の津波」といったり,やたらと「想定外」という単語を使っている。地震については,史上最大の地震のマグニチュードが9.5であるから,9.0が想定外というのは少々その想定が甘すぎたのではないかと思う。津波にしても,千年前にも同規模の津波が発生していることが,最新の地層研究で事前に判明していたと聞く。今回の津波が「想定外」という表現を使うのは,自らの不勉強や怠惰を表明していることと同様で,まったくもって格好悪く,情けないと思う。

だいたい,「想定」といっても,想定の根拠となる情報・データの正しさもその時点での科学・技術で得られたものであり限界がある。それらの正しさも時間が経ち,科学・技術の進展により新しい事実の発見があるものである。その都度その都度,新しい情報・データに基づき,「想定」を更新して臨機応変に対応すべきであって,それをせず,過去の「想定」に固執し,目の前の現状を直視せず,否定して,「想定外」と言い逃れする姿勢には,傲慢さを感じる。
目の前の現状を謙虚に受け止め,過去の「想定」に固執せず,本当に大切にすべきことを達成・実現するために,臨機応変に対応するのが,今の我が国の指導者,電力関係の責任者の使命であろう。

地震・津波はある程度は仕方ない面もあるが,原発事故は,過去ブログで発言しているように現在進行形で進んでいる災害である。原発とは無関係の東北地方,関東地方の農業・漁業従業者をこれ以上泣かせることのないように,そして住民を怖がらせることのないように,国家の指導者及び電力関係の責任者は,まずは一刻も早く事態の収束をして欲しい。
そして,同様の事故が今後起きないような国家ビジョンを国家の指導者には構築して欲しい。それができると国民から信じられているからこそ今の地位が与えられているのであることを肝に銘じて欲しい。出来ないならばその座を,その能力と気概のある人物に潔く譲り,今の地位から即刻退いて欲しい。

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福島第一原発 放射能 に参加中!
大震災から十日。

今回は,地震のみならず,津波,原発事故の三重苦に対面しなければならず,加えて,原発事故は未だ現在進行形で続いている分,深刻さの度合いは深く重い。地震と津波は,とりあえずは収まり,後は被災者の救済,支援に力を入れればいいが,原発事故は下手をすればこれから新たな被害者・被災者を増やし,しかも何世代も広範囲に悪影響を及ぼし続ける危険性がある。原発事故さえなければ,被災者支援にもっと集中して取り組めるのだが,原発事故のために,事故を起こしている原発の近くに住んでいる人のみならず,東京近郊に住んでいる多くの人たちは,ストレスと不安から逃れられない日々を過ごさねばならない。

もっとも,政府や関係機関の発表する数値によれば,現状では放射線漏れに関しては,少なくとも東京を中心とする南関東ではまず心配する必要はないようだ。一部メディアでは,福島が第二のチェルノブイリ化する,東京が死の灰にまみれるなどというセンセーショナルな報道で不安をあおっているが,正確な情報に基づき真面目な報道をして欲しいものだ。人の無知につけこみ,不必要に恐怖に陥れ,パニック状態にさせ金儲けしようとする姿勢に強い憤りと怒りを感じる。一方で,政府や関係機関も,把握している事実と情報は包み隠さず,都合の善し悪しの区別なく,正直に発表し続けて欲しい(していると信じているが)。

それにしても,今回の事故を受けて,果たして原子力発電所は今後どうあるべきか,改めて考え込んでしまう。私の学生時代以前は,放射能・放射線の危険性が過度に強調されており,それゆえにいわれのない恐怖感を抱き続けていた。そのとき抱いた感情はいまだ払しょくはされてはいないが,一連の原発報道や,自分で改めて図書館などで情報収集し,勉強した結果では,適切な管理を正しく行えば,必要以上に恐れることはないということは知った。また,地球温暖化問題を考えると,原子力に替わるエネルギー源が果たして現時点であるのか,判断できない。
ただ,中長期的に考えるのであれば,今後,原子力に頼る度合いを縮小し,最終的には辞めるべきだろうと思う。適切な管理を正しく行えば大丈夫とはいえ,何世代にも渡って使用済み燃料(ようするにゴミ)を管理するのはコストもかかる。また,管理する優秀な人材を育成・確保することができるのかも懸念材料だ。過去の世代の後始末をするためだけの業務に,人生をかけようという意気込みを持った士気が高く優秀な人材が集まるのだろうか。
また,重大事故を防ぐための何重もの防御設備を設置するとなると,これまたコストがかかる。「想定外」という言葉が許されないとなると,マグニチュード10の地震,100mの津波にも耐えられるような原子力発電所を作らねばならないが,それが現実的に(経済的にも物理的にも)可能なのかどうか。
それ以上に,放射線事故にさらされるリスクと隣り合わせで生活しなければならないストレスの方がより心配である。むしろこのストレスの方が,放射線以上に恐怖かもしれない。「放射線に関する知識を正しく人々に啓蒙する機会をつくればいい」という人がいるかもしれないが,現時点での放射線に関する知識のみを伝えることだけで果たして充分なのか。もしかしたら科学・技術の発展により放射線に関して新たな事実が分かってくる可能性もあるし,また,現時点でも必要な情報とそうでない情報,正しい情報とそうでない情報の区分けの判断も難しい。

とにかく,当面は,今ある原子力発電所は細心の注意を払いながら慎重に動かしつつ,原子力に替わり得る新たな,より安全なエネルギー源の追求に注力するしかないと思う。加えて,より一層の厳しい節電を心がけるしかないだろう。確かに,減灯されているオフィスやスーパーマーケットの中にいたり,計画停電による暗い街並みの中にいると,多少気分が暗くなるものの,今は慣れつつあるし充分耐えられる。何よりも,不要にエネルギーを浪費していた生活スタイルを見直す良い機会を与えられたと考え,新たな時代に即した生活スタイルを模索しつつ前向きに生きていきたいものだ。
この事態を乗り切れば,新たな明るい展開が待っているという希望を持ちつつ…。

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