矢口十思夫の平成後期徒然よろずほぼ半旬記

身の周りの出来事から日本・世界のニュースまで、感じたこと、考えたことを自分の思ったまま率直に記すエッセイ/コラム。 2018年の更新頻度は不規則も,平均では5日に一度の頻度を維持予定。

タグ:地震

今日,今年の漢字が発表になった。
2004年以来14年ぶり2度目の「災」。

まぁ,ある程度は予想できた。西日本豪雨に北海道胆振東部地震,大阪北部地震に台風その他,いくつ自然災害に日本は見舞われたか。日本のみならず,世界各地であった。もっとも,自然災害は毎年どこでもあるものだが,例年以上に大規模なものが多かったように思う。
これは地球規模の気候変動によるものなのか。

しかし,2018年の漢字が「災」になったというのは,この年の個性を考える上では最適解ではないように思う。二位が「平」,三位が「終」とあるが,一年を通して(と今日時点で想定されている)
平成最後の年という意味では,二位,三位の漢字の方が,この年をより特徴付けるものに思う。
「平」は「平成最後」,「平昌冬季五輪」,南北首脳会談,米朝首脳会談開催で何とか「平和」を維持しようという動き,フィギュアスケートでは新星「紀平」選手が躍動。
「終」は,一時代の終わりを告げるかのように,西城秀樹が亡くなり,安室奈美恵が歌手引退。貴乃花親方もまさかの日本相撲協会から引退,角界から完全に去ってしまった。日産のゴーンCEO逮捕も一時代の終焉を感じる。

そもそも、今年の漢字を「一文字だけ」で表すこと自体、無理があろう。その一年を通じて人々が感じたことは個人によって違うし、また、1人の中でもその時点時点で思うこともそれぞれだ。今年は自然災害が多かったのは事実だが、それだけではない。中には今年恵まれた一年、幸せな一年だった人もそれなりにいるはずだ。なのに、今年の漢字が「災」では、そのような人々を冒涜することにならないかとふと思うものである。

※ 

このブログも今後のことを考えると,このまま継続してもいいものかどうかなかなか悩ましいところである。どうもこのところ書こうというエネルギーがなかなか持てなくなってきている。

今朝、大阪府北部で震度6弱の地震発生。
地震自体の大きさはマグニチュード6.1と、それほど大きくはないが、関西の人口密集地で起こった地震だけに、人的影響や、経済的影響が無視できない。
実際、日経平均株価も3桁台の落下。
今後の余震も心配だ。

大阪北部といえば、森友学園問題の本拠地でもある。真相は未だ闇の中。
この地震は、神の怒りの一表現なのか。巻き込まれた無関係の一般市民にははた迷惑な話である。責任者の猛省を強く求めるものである。

熊本を中心とした九州の地震は,規模の大きな余震が続く。
連日の地震報道に触れていると,直接被災していない,首都圏に住む私も何だか沈痛な気持ちになってしまう。
ごく普通の日常を送っていることに対する罪悪感を持ってしまい,何事にも前向きな気持ちを持てなくなってしまう。

が,果たして被災者は,直接の被災者じゃない我々に対して,このような気持ちになることを望んでいるのだろうか。
被災者に直接関係していない,前々から準備していた結婚式や旅行,イベントを自粛することを望んでいるのだろうか。

ちょっと視点を変えて考えてみよう。自分が病気になっているとき。
果たして,自分以外の人が,自分が病気になっているからといって同じ病気になれなどと思う人はいるだろうか。
いや,そんなことはない。みんなが病気になってしまったら,病気の自分を看病してくれる人もいなくなるし,
見舞いに来てくれるはずの友人も病気のために来られなくなる。気晴らしにラジオやテレビをつけても,いろいろな芸で楽しませてくれるタレントさんも病気のために番組が成り立たなくなったら,まったく楽しい気持ちにはならない。

大事なのは,困っている人のことは頭の片隅に置きつつ,我々に与えられた立場の中で日常生活をきちんと送ることだ。すべき仕事をし,楽しむべきところは楽しむ。嬉しいときは喜び,面白いことは大声で笑ってもいい。
そのような日常生活の中で我々自身の英気を養い,できる範囲で困っている人々に助けの手を差し伸べる。これだけで十分なのではないだろうか。
困っている人は,他人の日常生活を妨害したいなどとは普通まず思わない。他人よりも,まず出来る限り自分の力でその状況を打開したいと思っている人がほとんどなのだから。

ただ,実際に困っている人のことを蔑んだり傷つけたり,更に困らせるようなことをしてはいけない。
これだけは注意したいものだ。

ブログネタ
日記 に参加中!
大型連休疲れの頭痛も癒え,予定より早く再開。

それにしても,前の日曜の北関東で発生した竜巻は凄かった。東京でも黒い雲が立ち込め,尋常ならぬ雨の降り方であった。
5月初頭に出掛けていた那須も,最終日はこれまた猛烈な降り方の雨で,車を下りて外に出る気力を打ち砕くほどの凄まじさであった。例年5月というのは,日本では一年でもっとも天候が安定しているはずなのだが,どうしたことか。赤道直下の熱帯国のようなゲリラ豪雨,アメリカ大陸の平原で起こるような竜巻,・・・私の住んでいるこの国は,本当に日本なのか?

竜巻にしても,豪雨にしても,昨年の大震災・津波にしても,天災は一瞬にして今までの生活を破壊する。何の前触れもなく,(前触れがあったとしても数日から数週間)一気に我々の生活を襲う。
一方,その我々の生活は,普段は(いろいろあるにせよ)平和な日々である。その平和な日々は,人々の働き,努力,創意工夫などによって,コツコツと地道に築かれた文明の上に成り立っている。
往々にして,天災などの大きな災害は,インパクトが大きく,メディアで大々的に報道される。しかし,長い人生・歴史の中で,それらが起こるのはほんの一瞬であり,大部分は平和で穏やかな時間帯なのである。その平和で穏やかな時間帯の中で,人々は自分や隣人・家族あるいは地域・社会・国家・世界のために,自らに与えられた力を用いて働き,生活しているのだ。その時間帯こそ,地味で目立たず,メディアで取り上げられることはほとんどなくとも,本当は多くの恵みあふれた幸福なひとときなのだ。

いつ来るかもしれない竜巻や地震には必要な注意は払わなければならないが,不確実性の高い天災への恐怖に精神をすり減らすのもせっかくの人生がもったいない。将来の不安ばかりに怯えず,日々の生活の一瞬一瞬を大事に,大切に過ごしていきたいものだ。

・・・・・それにしても,このような天候が続いていると,再来週月曜の金環日食が本当に見られるのかちょっと心配だ。・・・・・


早いもので,あの大震災から間もなく1年。

あの日以来,大きな地震が次にいつ来るのか,原発事故がいつ起こるのか,恐怖と戦いながら過ごす日々。
何事もなく,寝床について今日も家族ともども生き延びたと胸をなでおろす毎晩。

日本が太平洋戦争を戦っているときも,このような状況だったのだろうか。
地震という名の爆撃機,原子力発電所というなの原子爆弾に怯える毎日。
いつまでこの緊張を強いられる生活が続いていくのだろうか。

戦後67年,災後1年。時を刻んで我々の生きている世界は続いていく。

1
つい先日、東大の地震研究所が
「M7級の首都圏直下地震が4年以内に70%の確率で来る」
という見解を発表した。
これが事実だとしたら、1年以内に来る可能性はどれくらいなのか。

4年以内に70%の発生確率ということは、つまり
4年以内に30%の確率では発生しないということである。
4年間の間の地震発生確率はまったくの平等と仮定し
1年以内に発生する確率をxとすると、
(1−x)^4=0.3
これを計算すると、x≒0.26 つまり26%となる。

4分の1強の確率である。
要は、これからジャンケンで(引分けを除き)二連勝する確率よりも
ちょっと高いということだ。

これから人とジャンケンするのが怖くなる数字である。

一年単位だと怖いがこれが、1日単位で考えるとどうなるか。
明日発生する確率をyとすると、
(1−y)^(365.25×4)=0.3
これを計算すると、y ≒ 0.000824
分かりやすい数字にすれば、1200分の1より若干低い数字だ。
サイコロを5個同時に振って同じ数字が出る確率と
ほぼ同じ(若干高い)数字である。

この数字ならばサイコロを振るの怖くはないかもしれない。

しかし、宝くじの1等に当たる確率よりは1000倍以上高い。
いくら当選最高金額が7億5千万円となったとしても
宝くじを買う気にはなれない。

・・・そういえば、年賀ハガキの当選番号のチェックをまだしてなかったことを
思い出した。まもなく2012年の最初の月が早くも過ぎようとしている。










このページのトップヘ