矢口十思夫の平成後期徒然よろずほぼ半旬記

身の周りの出来事から日本・世界のニュースまで、感じたこと、考えたことを自分の思ったまま率直に記すエッセイ/コラム。 2018年の更新頻度は不規則も,平均では5日に一度の頻度を維持予定。

タグ:日本社会

横綱稀勢の里が引退してしまった。
横綱昇進後,最初の場所で二連覇を達成して以降,その場所での無理がたたり,あとは,休場を繰り返して,横綱としての力強い相撲を披露することができず,現在に至ってしまった。
横綱としての連敗記録や,直近の連続休場を見て批判する人もいるが,本人を責めるのはちょっとかわいそうだろう。
そもそも,横綱昇進時の経緯も,今思えばやや強引だったかもしれない。そして,久々の日本出身横綱として,本人に過剰な期待とプレッシャーをかけた周囲や一般ファンの姿勢も問われるべきかもしれない。偏狭なナショナリズムや外国人への差別意識の裏返しによる,日本出身力士に対する過剰なひいきの感情が,稀勢の里を追い詰め,力士生命を縮めてしまったような気がしてならない。それが私は非常に悔しく哀しい。
残る2横綱も,鶴竜は今場所再び休場してしまい,白鵬も全盛期に比べるとかなり力が落ちてきた。今年中に彼らも,少なくとも一人は引退してしまうような気がしてならない。そうしたら,その後を継ぐ看板力士はいったい誰になるのか。
長く隆盛を誇ったモンゴル出身力士だが,一時期に比べると勢いがなくなってきている。そもそも,外国から幕内力士を目指して入門する力士も減ってきているように思う。有力な外国出身力士の減少で,相撲の質が低下し,相撲そのものが日本から消えてしまう事態が現実味を帯びる日が近々来てしまうかもしれない。
何だか,今の相撲界を見ていると,日本社会の縮図を見ているような気がしてならない。日本を支えているのは日本人だけではなく,外国の人々のおかげでもあることを自覚し,彼らにもっと感謝すべきなのだ。

ブログネタ
サラリーマン日記 に参加中!
「何かあったら君が責任取れよ」
「こどもの養育は親の責任」
「あなたをこのプロジェクトの責任者に任命する」
「試合に負けたのは監督の責任だ」
・・・「責任」という日本語は,重く,厳しい響きを持つ。

手元の辞書で「責任」の意味を調べてみた。
1.任されていて,しなければならない務め
2.ある行為の結果として負わなければならない責めや償い
このとおり,2通りの意味があるが,どうも日常では,2.の意味に使われることが多いように感じる。
何か不都合や不具合があったときに制裁を受けるという損なイメージを持つ。

英語では「責任」は普通,responsibilityと訳される。
この言葉,分解すると,response とabilityに分けられる。つまりは「応答能力」である。
代表して応答する高い能力がある,という前向きで力強い雰囲気がある。

リーダーシップの欠如が言われる日本社会であるが,「責任」と"responsibility"の語感の違いもその要因の一つにあるのかもしれない。
何か問題が発生したときに代表して制裁を受ける損な「責任」,一方で
能力があるからこそそれなりの裁量を任され,自由に物事を運ぶ権限を与えられる"responsibility"。
無能な「責任者」は,有能な部下に代理で「責任」を取らせ,それで表面上「責任」を取った気になっている。そのような無能な「責任者」を選定した上位の更に無能で傲慢な「責任者」の存在価値は何なのだろうか。
どうも「責任」という日本語の言葉の裏には,「いじめ」のにおいがしてならないのは私だけだろうか。

このような調子では,"responsibility"のセンスを持つ組織に,「責任」を内部の立場のより弱い人になすりつけようとしている組織は到底太刀打ちできないのは自明のことである。

「責任」という日本語が出てきたら,気をつけたい。
どんな意味がその言葉に込められているのかを。




このページのトップヘ