矢口十思夫の平成後期徒然よろずほぼ半旬記

身の周りの出来事から日本・世界のニュースまで、感じたこと、考えたことを自分の思ったまま率直に記すエッセイ/コラム。 2018年の更新頻度は不規則も,平均では5日に一度の頻度を維持予定。

タグ:時代

往々にして人間は,自分の生きてきた時代を絶対化してしまいがちだ。
そのため,特に自分より若い人々の生き方考え方に対しどうしても批判しがちである。
一方で,自分より年上の人々の考え方に対し,「考え方が古い」「時代遅れだ」と否定的にとらえることも多々ある。

もちろん,世代年代を問わず守るべき普遍的な価値観や倫理観というはある。だが,それ以外の部分では,その時代時代で,社会体制や産業体制も異なり,時間や空間等の概念も異なる。それらを,自分の生きてきた時代と異なるからといって一方的に非難・糾弾するのは間違っているだろう。

たとえば,日本が高度経済成長期の時は,「男は仕事,女は家庭」という価値観が当たり前であったが,労働力不足が強く言われる今,この考え方は時代に合わなくなってきている。また,江戸時代までの日本は,武士以外の階級では男女にかかわらず一家総出で家業に勤しんでいた事実もある。

たとえば,世界中で戦争に明け暮れていた時代には,軍隊に従事することが名誉あること,最高の価値観と思われていたが,少なくとも今の,戦争放棄を謳っている憲法を持つ日本では,そのような雰囲気はない。


そして,今流行最先端の職業は,昔は存在しなかった職業であることが多い。科学・技術の発達により産業体制も変わり,職業の形も変わる。タイピスト,電話交換手といった職業は今はないし,明治時代以前はスポーツで身を立てることは考えられなかった。ましてや,YouTuberといった職業(?)は,10年くらい前では想像さえできなかった。

もっとも,現代に過剰に適合することにあくせくし過ぎるのもどうかとは思うが。自分の過去に固執し過ぎず,柔軟な思考で時代時代に対応していきたいものである。
また,年代の違う人々からの時代認識の違いからくる見当違いの批判などについても,彼らの発言の背景を考え,過剰に反応せず,寛容な態度で対応していきたいものでもある。


一昨日未明に,7年後,2020年のオリンピック開催地が東京に決定した。
1964年以来56年ぶり2回目の開催となる。
まったく当選の可能性がなかった訳ではなかったとはいえ,いざ当選となると驚きである。

日本国民の一人としては,開催の名誉をIOCから与えられた嬉しさ誇らしさを感じるとともに,様々な国内外に問題を抱えている現状で,本当に開催できるのか心配でもある。

日本国民の立場から一歩離れ,地球市民・世界市民として考えた場合は,様々な諸問題があれども,なるべく開催未経験の国や都市で開くべきかとも思っていた。オリンピック憲章の中に謳われている「世界平和」を実現するためには,一部の限られた国でなく,なるべく多くの国で開催の機会を与え,等しくオリンピックの恵み喜びを分かち合うのが本来の姿かと思う。その意味では,トルコのイスタンブールこそが,直近で様々な問題が発生していたとはいえ,開催にふさわしかったのではとも思う。

でも,何はともあれ,東京開催は決定した。招致活動に,本当に純粋な気持ちで誠心誠意邁進してこられた関係者の方々には祝福の言葉をかけたい。また,イスタンブール,マドリードの関係者にも慰めと労いの言葉を贈りたい。

これから7年間は,日本は世界から今まで以上に関心をもって見られ続けることは覚えたい。特に,原子力発電所事故の後処理については,もっと真剣・真面目に取り組まないと,世界中から非難を浴びる形になる。その他にも,少子化問題,経済問題,隣国との外交,・・・・本来ならばオリンピックより優先度を上げて取り組むべき課題は山積みのはず。オリンピックの準備との同時並行で,これらの問題の解決への道を築いていくことが果たしてできるか。むしろ,世界からの関心の目という「外圧」で,これらの諸問題に対する解決姿勢がより真面目なものになるのであれば,オリンピック招致成功の甲斐があったとも言えるが。

2020年という年は,日本にとって一つの目標・区切りとなるベンチマークの年になったとも言える。新しい十年代,2020年代最初の年,また,この年から11年,再度続く「すべて異なる数字では表せない年」の時代の最初の年。
この年に向けて,今年から2019年まで続く「すべて異なる数字で表せる年」の時代で何をなすべきか,何をしてはいけないかをきちんと峻別し,すべきことに真摯に国を挙げて取り組んでいかねばならない。

過去,東京は一度決まったオリンピック開催の権利を返上したことがある。それが1940年,日中戦争激化・太平洋戦争突入一年前のことである。
2020年が”1940年”になるか”1964年”になるか。これからが正念場だ。

一昨日で、イギリスのエリザベス女王が即位してちょうど60年が経った。日本の元号風の表現でいえば、エリザベス鏡ぃ僑映というところか。
この期間、山谷あれども、総じてイギリスは安定・繁栄していたといってもよいのではないかと思う。イギリスでは女王の時代は安定・繁栄していることが多いらしい。80代半ばではあるが、写真などで拝見する限り、若々しい。イギリス本国での人気・支持率も息子や孫をはるかに凌駕しているらしい。まだまだ女王の時代は続くだろうし、そう求められているのだろう。

一方の日本の皇室。女性宮家創設の是非の検討が始まろうとしている。この件は日を改めて機会を見つけて書くつもりだ。

三が日が終わった。
今日は仕事始め。実質的な2012年のスタートである。

今年は21世紀に入って12年目の年。12という数字は,一つの完成を意味する数字である。
時計は12時間で一回りするし,12ヶ月で1年となる。干支も12年で一回りする。
今年が,数字上では21世紀に入って一区切りの年になるような気がする。

平成時代となって,今年は24年目。平成時代となって,既に干支も二周したことになる。
平成時代の内21世紀が占める割合が半分に迫り,更に超えようとしている。
(そういえば,既に私の人生においては,とっくに平成時代が昭和時代を超えていた。)

今年の7月末には,明治時代生まれが全員100歳以上となる。
明治時代も,今の子どもや若者にとってみれば我々にとっての幕末のような,
少々現代から遠い時代の印象なのかもしれない。

今年はうるう年。そしてオリンピックイヤー,米国大統領選挙の年。
今回のオリンピックは,少々盛り上がりに欠ける年になるのではと思う。既に2回も開催したロンドンでのオリンピックであり,欧州経済危機の影響も残っているだろう。日本も,東日本大震災の傷跡も残る中,オリンピックに我を忘れて興奮するような精神状況ではないと思う。その分,余計なプレッシャーがなく,かつ選手は使命感を持って競技に集中でき,意外に好成績を残すのではとも密かに思うのだが。結果はどうか。
米国大統領選挙は視界不良。経済状況が不透明な中,オバマ氏の再選が危ぶまれるものの,共和党から出馬する候補者も不透明で予測不能だ。

お節料理を三が日中毎日食べたり,親戚の子どもたちとカードやボードゲーム他で楽しむなど,正月気分を堪能した。今日から仕事その他の日常生活,気分を新たに頑張ろう!

ブログネタ
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決勝戦は歴史的な大差がつき,一方的な展開になってしまった。
今冷静に考えると,準決勝までの両方のチームの戦い方を見れば,投手のコンディションの違いは明らかだった。
大阪代表が,しかも同じチームが17年ぶりの優勝を17点差で決めたというのは,単なる偶然だろうが,数字としては美しい。それにしても,強豪といわれた大阪代表が17年間も夏優勝していなかったのは不思議だった。私が子供時代は,3,4年に一度のペースで必ず優勝していた。大阪代表が優勝から離れていた17年の間に,弱小といわれた佐賀代表が2回も優勝したり,北海道代表が三連覇しかけたりしていたのを目の当たりにして,時代は変わるものなのだなあというのを実感した。

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今回で90回を迎えた選手権大会だが,ここ数年見る限り,野球の質も選手,監督,学校の質も,そして諸環境も明らかに変わってきている。少子化,地球温暖化による夏の酷暑化といった傾向を見据え,選手保護の観点から過密スケジュールの見直し,ルールの変更などに手をつける時期に来ているのではないか。野球が日本のもっとも人気あるスポーツであるのは高校野球に拠るところが大きいと思うが,下手をすると,高校野球ゆえに野球人気が下がることもありえる危険も秘めている。

北京五輪と同時進行で進んだ甲子園の大会も今日閉幕し,いろいろ思ったことを記してみた。

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