矢口十思夫の平成後期徒然よろずほぼ半旬記

身の周りの出来事から日本・世界のニュースまで、感じたこと、考えたことを自分の思ったまま率直に記すエッセイ/コラム。 2018年の更新頻度は不規則も,平均では5日に一度の頻度を維持予定。

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今日で東日本大震災から8年。
この8年が長いか短いかは,その人の年齢や,8年前のあの時,どのような体験をしたかで人によって異なってくる。
現在の年齢が30代半ば以上の人で,あの時大きな揺れに見舞われた人にとっては,ついこの間の出来事のようで,まだその記憶が鮮明に残っているはずだ。ましてや,実際に津波や建物崩壊の被害にあったり,原発事故の影響をもろに受けた人にとっては,これから何年経とうが決して忘れることのできない深い深い傷跡として心の中に残り続ける。
しかし,そうでない場合,特に今日現在で中学生以下のこどもの場合,あまりに当時小さすぎて記憶は不確かであったり,あるいはもっと小さなこどもであれば,そもそもその時まだ生まれてなかったりで,既に単なる歴史の一ページとしてしか感じられなくなっている。
東日本大震災以降も,日本各地で大地震が頻発している。九州では熊本地震,北海道では胆振東部地震が起こり,東日本大震災の記憶が上書きされている人もいる。
ある意味,過去の記憶が薄れていくのは人間の性でやむを得ない。むしろ,そのお陰で忌まわしい,つらく苦しい記憶を失うことで精神の健康が保たれる部分もある。が,将来,同じような苦しく辛い経験を無駄に繰り返さないために,しっかりと伝えるべき記憶は伝えていく努力は必要であろう。どうもその,過去の記憶の継承について,日本は弱い部分があるように感じられる。

昨日で早くも東日本大震災から6年が経過。
被災地の復興もだいぶ進んできたとの話も聞くが,ひとつだけ取り残されている感じがするのは,やはり福島第一原子力発電所周辺の町。前よりはかなり放射線量は減ってきて,避難解除が徐々に進んできたとはいえ,一度別の場所に避難して数年もの間外の地で暮らしていたら,なかなか元に戻って生活を立て直そうという気にはならないだろう。しかも仕事も生活も成立するかどうか先行き不透明な状況に,ただでさえ長期間の避難生活で身も心も疲弊しきっている中,更につらい状態に自ら飛び込もうとは思えない。

それ以上に心を痛め,憤りを感じるのが,避難した先々でのいじめ問題だ。ただでさえいろいろな悩み苦しみを背負いながら泣く泣く避難しているのに,それに更に追い打ちをかけるように,彼らに冷たい,酷い仕打ちをするその神経がまったく理解できない。困っている人には手を差し伸べるのが普通だろうに。手を差し伸べるだけの力がなければ,せめて暖かく見守るぐらいはできるだろうに。それすらもせず,逆にイジメるとはまったく何事だろう。本当に避難者をイジメる輩,奴らは許せない。もしも自分が同じ境遇に立ったらと思えないのだろうか。そういうことも分からないほど頭も心も不自由なのだろうか。

6年前。一歩間違えれば,関東地方全体が,原子力発電所周辺の町のようになっていた可能性が高かったことは決して忘れてはいけないし,そうそう忘れられるものでもないと思うのだが。そういう重い過去があったことをもう忘れられる人々の記憶力のヘリウムのような軽さ,アッパッパーなおめでたさが心底羨ましい。とはいっても,そのような軽薄で薄情な人間には決してなりたいとは思わないが。C5ikzzRUYAAuD6c

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昨年は三角数で世の中...ではなく,私だけ盛り上がっていたが,今年は素数で世の中…ではなく,私が盛り上がっている。
三角数の次の数が素数となっているのは意外と少ない。
2, 7, 11, 29, 37, 67, 79, 137, 191, 211, 277, 379, 631, 821, 947, 991, 1129, 1327, 1597, 1831, 2017
2017で21個目である。
一つ前が186前で,次は64離れた2081である。

そして,月,日が共に三角数の次の数である素数となっているのは
2月2日,2月7日,2月11日,
7月2日,7月7日,7月11日,7月29日
11月2日,11月7日,11月11日,11月29日
以上,年間11日しかない。
この日数もまた11で,三角数の次の数である素数である。何たる偶然。

三角数の年が去って,素数の年になっても,三角数の残り香が残っているかのようだ。
神は本当に数のお遊びがお好きなようである。

・・・そして,今日は東日本大震災発生からちょうど70ヶ月の日でもあることも忘れてはいけない。
70という数字は,7という素数に10という三角数を掛け合わせた数。失われた生命に思いを馳せ,過ちは反省し未来に活用していかねばならない。

あれから5年。
今年の3月は,あのときと同じカレンダー。
地震・津波があったのは金曜日の午後。

あれから5年。
時間が経つと同時に,あの時の記憶が薄れていくのは,
当事者でない限り,日々の生活に追われていく中では
ある程度はやむをえない面はあるが,
だからといって,忘れてはいけない。
まだ原発事故は同時進行形で進んでいることを。
まだ被災者が,原発事故避難者が多くいることを。

どうも,あの日のことがなかったような形で
いろいろな物事が進んでいることに,
怒り,悲しみ,憤りを感じることが多い。
あの日,何を感じたのか。
あの日,何が怖かったのか。
5年は,まだそれらを忘れ去るのに十分な月日ではない。
もしも,既に忘れているというのであれば,
社会のリーダーとしている資格はない。
過去の記憶力がそれほどにも弱い人は,学習能力もなく,
人の感情に思いをはせる想像力にも欠けている人だ。
もっとリーダーの能力に長けている人にその座を譲って欲しい。




higashinihon-daishinsai-touhoku

今日で東日本大震災から4年。
まだ4年なのか,もう4年なのか。
あの時高校3年生だった人で,大学に進学した人は,順調ならもう大学卒業。
四十路を優に過ぎたおっさんにとっては,あの日の出来事はまだ昨日のように思われる。

このことについていろいろ書きたいことはあるが,どうも心の整理が出来ない。
ただ,この日のことはよく覚え,教訓を決して無駄にすることなく,生きていきたいものだ。




明日で,東日本大震災から3年となる。
3年という期間は,長いようで短いし,短いようで長い。
年齢を重ねた大人・高齢者にとっては,あっという間の3年に感じるが,こどもにとっては長い3年だ。
中学・高校に入学した少年少女はもう学校卒業となる。
生まれたばかりのこどもは三歳になるし,幼稚園の年少のこどもはもう小学生となる年齢である。
こども達の成長に見合った復興を,東北地方太平洋沿岸の被災地は実現できているのだろうか。
その実現に国は,行政は,国民ひとりひとりがどれだけ力を注ぐことができてきただろうか。
そして,何よりも,福島第一原発事故の後始末。あの事故の原因解明はどれだけできているのか。反省できているのか。

この3年の期間,私たちはどれだけのことができたのか,考えることができたのか。改めて振り返りたいものである。

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