矢口十思夫の平成後期徒然よろずほぼ半旬記

身の周りの出来事から日本・世界のニュースまで、感じたこと、考えたことを自分の思ったまま率直に記すエッセイ/コラム。 2018年の更新頻度は不規則も,平均では5日に一度の頻度を維持予定。

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今日は母の日。娘も彼女の母,つまり私の妻に対して何か贈り物を準備しているようだ。
ふと思ったのだが,日本において,ひとりの女の子が一生の間で母親になれる確率というのは果たしてどれくらいなのだろうか。
単純計算すると・・・女性が結婚する確率×既婚女性がこどもを産む確率 で算出できるだろう。
だいたい9割ぐらいの女性が一生のうち一度は結婚するらしい。また,こどものいない夫婦というのは5組〜10組に一組いるらしい。
これから考えると,0.9×0.85=0.795 おおよそ80%となる。
5人に4人は母親になるという計算になる。逆にいうと,5人に1人は母親にはなれないという表現もできる。
諸外国と比較するとどうなのだろうか。この確率を比較すると,少子化の真の原因がわかり,対策も立てやすいと思うのだが。

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明後日は母の日。
世界の言語で,「母」を表す言葉を調べてみると,”M”,マ行の発音で始まる言語が圧倒的に多い。
英語はmother(マザー),幼児語だとmommy(マミー)。フランス語はmere(メール)。ドイツ語はMutter(ムッテ。スペイン語はmadre(マードレ)。
中国語ではムーという発音だし,韓国語はオモニで,マ行の発音が混じる。
アラビア語ではアンマ,ヒンディー語もマーム。
その点,日本語は,幼児語ではママだが,正式には”おかあさん”,略称,愛称でも”かあさん”,”おっかあ”である。”K”,カ行の発音が入り,”M",マ行の発音がない。

”M”,マ行は赤ちゃんが発音しやすく,また響きも甘く優しい感じがする。まさに赤ちゃん,幼児が母親を求める心情にぴったりくる発音に感じる。
それに比べると,”K”,カ行は,どちらかというと固く厳しい感じがする。言語人口の多い世界の主言語の中で,母親に対しての呼びかけで,”K”,カ行が入るのは日本語だけだ。
これは何を意味しているのだろうか。日本人の,母親に対する感情は他の国や民族にない特殊なものなのだろうか。

今日は母の日。この日になる前に、保育園・幼稚園や小学校は、母親の似顔絵をこどもに描かせたり、あるいは造花を作らせたり手紙を書かせたりするものである…と思っていたら、最近はそうでもないらしい。

実は娘の今通う保育園は、母の日に関するイベントは何もなかった。
どうも、こどもたちの中に、母親がいない子がいるらしく、その子が疎外感を味わないための配慮らしい。
私の幼少時代にも、母親のいない人はいたとは思うが、母の日のイベントをそのときどう感じていたのだろうか。
しかし、母親に感謝する機会を、少数のこどもたちの事情に過剰に配慮するあまり、多数のこどもたちから奪ってもいいのかという思いもある。また、そもそも社会全体で一律に母親に感謝する必要はなく、日常の生活の中で家庭毎にすれば済む話で、わざわざ母の日を設けること自体、母親に対する軽視、あるいは母親のいない人に対する差別である、という意見もあり、何とも悩ましい。

…という苦悩とは関係ないように、母の日の商業化は年々規模を増しているようだ。赤いカーネーションを売ろうとしている花屋のみならず、お菓子屋、洋服屋、化粧品店、電器店、などなど様々な業界が色々なアイデアで母の日を狙い、家族愛を煽って消費意欲を促し、自社製品の売上増を目論んでいる。
これが良いのか悪いのか、これまた悩ましい。母親不在で苦悩している人への配慮不足で好ましくない、母への感謝の思いを商業化するとは軽薄だという思いもある一方で、母への感謝をプレゼントで表現するのも楽しく、景気改善にも少しは貢献し、税収増にもつながり、母親不在で困難な状況を抱えるこどもへの行政支援が手厚くなるという見方もある。

いろいろな観点から様々な意見があることを考えた上で,私は,過度な商業化はどうかと思うが,「母の日」は何らかの形で祝うべきだと思う。現存するあらゆる人間の存在は母親あってこそであり,こどもの養育に携わる母親の働きは何事にも代えがたい貴重なものである。その労苦に対し,年に一回,特別に感謝する日があっても良いのではと思うし,これから母親になる可能性のある,あるいは母となる女性を支える夫となる可能性のある次世代の少女少年に,母親のことを考える良い教育機会となると思うからだ。

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