矢口十思夫の平成後期徒然よろずほぼ半旬記

身の周りの出来事から日本・世界のニュースまで、感じたこと、考えたことを自分の思ったまま率直に記すエッセイ/コラム。 2018年の更新頻度は不規則も,平均では5日に一度の頻度を維持予定。

タグ:高校野球

夏の高校野球も,今年でちょうど100回目。
抽選会が今日行われ,史上最多の出場数,56チームの対戦相手が決まった。

それにしても,この残酷なまでの厳しすぎる暑い中,焼き付くような日差しの元で野球をして大丈夫なのか。
日頃鍛えている選手ならまだしも,応援にかけつける人々の健康は果たして守られるのか。
明らかに昔と今と夏の質が変容してきている。昔良かったから今も大丈夫という発想では,そのうち取り返しのつかない事態が発生してしまうと思うのだが・・・。

100回目の記念大会ということで,いつもより出場チームが多かったり,かつての選手を招いて始球式を行ったりという企画は,まぁ良いのだが,もっと他に画期的な企画があってもよかったのではないかとも思う。
台湾,韓国から高校生チームを招待するという手もあったのではないか。
また,投手受難の昨今,都市対抗野球のように,同一都道府県の中で,予選で敗退したチームから投手を3,4人補強選手として加えるという企画があってもよかったかもしれない。
あるいは,第1回目の出場校10チームについて,各チーム3〜4人ずつ招待し,東西対抗のような形で2チームに分け,前座の試合として行うという企画も面白かったかもしれない。
もっと思い切った企画,次の100回につながる大改革をするチャンスだったように思うのだが,今一つ迫力不足に感じる。

都道府県対抗戦の性格も最近は薄れ,似たようなスクールカラーの私立ばかりが甲子園に出場するようになり,各チームの際立った個性が最近なくなりつつあるように感じる。打撃戦が増え,それはそれで迫力があって面白い反面,1点の価値が軽くなり,じりじりした緊迫の投手戦が少なくなったのは寂しくもある。
こどもの数が減り,またスポーツ,趣味の多様化で野球の日本に占める地位も昔に比べてかなり低下している。このような時代にあって,高校野球のあり方も根本的に見直す時期がとっくに来ているはずなのだが,まったく変わってないとは言わないが,そのスピードが遅かったり,変えるべきところがピント外ればかりに見えるのが何とも哀しい。

・・・さて,今年の夏の優勝チームは果たしてどこか。今年は近畿と関東のチームが強そうではある。東北,北信越,中国も粒ぞろいだ。反面,北海道,四国,九州と,本州以外のチームが今年はやや見劣りするか。
2度目の春夏連覇を目指す大阪桐蔭が,3回戦までの組み合わせを見る限り比較的恵まれたように見える。2回戦から登場の8チームが,組み合わせとしてはかなりシビアになった感じがある。その意味では公平な抽選結果か。

ベスト8の予想は,聖光学院,浦和学院,星稜,大阪桐蔭,智弁和歌山,花咲徳栄,創成館,平安で,やはり大阪桐蔭が優勝するように思えてしまう。が,あまり特定のチームばかり優勝するのは,野球の世界にとっては望ましいものではないと思うが・・・。

IMG_20170127_154832昨今は何事も効率が求められる。最小のコストで最大のパフォーマンスを得ることがもてはやされる時代だ。
仕事でも教育でも,あらゆる方面で,少しでも無理・無駄・ムラがあると,いろいろ批判・非難されてしまう。
無理・無駄・ムラを生じる最大の敵は失敗である。だから,失敗を避けるために,人々は安全志向を高め,少しでも実績のある,リスクの少ない選択肢を選ぼうとする。

しかし,効率ばかりを求める社会が果たして本当に幸福なのかどうかは議論の余地があるように思う。
何でもかんでも,ちょっとした利益を確保するために,失敗を恐れて窮屈な生き方をしていても,楽しいとは感じられない。
人生の目的は何か。うまく生きることなのか。投資効果を最大化することが最も価値あることなのだろうか。

大きな果実を得るためには,一時期は無駄に見られること,思い切り非効率なことをしないといけない時もあるのではないか。
医者や弁護士になるためには,やはりそれなりの勉強を時間をかけてしないと高度な知識を得ることは出来ない。一流のスポーツ選手や音楽家になるためには,普通の人の何倍もの時間と労力をかけて練習・稽古に励む必要はある。もちろん,勉強法・練習方法の中には,より効率的に行う方法論はあることはあるだろうが,本物の人物,本物の仕事をするためには,一定以上のコストはかけなければいけないはず。そもそも,勉強や練習・稽古自体の中に好きなことを見つけて,進んで努力する気持ちを持てる人だけが,そのような道を歩んでいけるものなのではないか。

どのような人にも,自分の好きなこと,夢中になれるものはある。そのために,他のことは効率的に済ませ,好きなことのために効率を度外視して集中することこそが,人生をより良く生きる秘訣なのかもしれない。

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なぜこのようなことを書いたかというと,今年最初の四半期のスポーツシーンを見てそのことをまざまざと感じたからだ。大相撲の稀勢の里,WBCの日本代表,そして選抜高校野球。
今年の選抜高校野球大会で,八強に残ったのは,複数チームが出場している府県のチームばかりである。そして,まさかの延長再試合が二試合連続で発生している。
巧くやろうという気持ちよりも,とにかく全身全霊を懸けて勝つためにひたすら頑張ろうという姿勢が,結果的に実を結ぶことが多いようだ。

かくして,2016年度は幕を閉じていく。来る素数年度,2017年度は果たしてどんな年度になるだろうか。

今年のプロ野球日本シリーズは,歴史的なシリーズだった。
広島東洋カープと北海道日本ハムファイターズという,日本シリーズでは初のカード。
実はこのカード,20年前には実現する可能性もあったカードだった。
1996年前半終了時は,カープとファイターズが首位を独走していた。
当時のマスコミは,「地味なチーム同士の日本シリーズになるのは困る」などという旨の報道があったことを今でも私は鮮明に覚えており,「何と失礼な言いようだろう」と憤慨していた記憶がある。
その後,両チームは後半大失速し,セ・リーグは巨人,パ・リーグはイチローの在籍していたオリックス・ブルーウェーブに優勝をさらわれて,結果としてマスコミの希望どおりのカードになったのであった。
20年後の今,この両チームのカードを「地味な,不人気チーム同士のつまらない」カードなどという人はいない。
時代は確実に変化・進化したのだ。

ゲームの内容も,特に3戦以降は僅差で,終盤まで勝負の行方が分からない非常にエキサイティングな展開であり,見ていて実に痺れた。野球の本質的な楽しさ,面白さを十分堪能できた試合ばかりであった。
また,実際に活躍した選手を見ると,日本人選手,外国人選手とバランスよく,ある意味,米国のMLBのゲームを見ているような錯覚さえ覚えた。そういえば,本拠地も広島と札幌と,1000km以上離れたチーム同士の戦い,これは日本シリーズ史上もっとも距離の遠いチームの組み合わせではないか。この点でもMLBっぽい。

結果は,”6”戦目で決着,北海道日本ハムファイターズが”10”年ぶり”3”回目の日本シリーズ制覇。今年は”2016”年で三角数(あるいは,1から連続する自然数の和で表せる数)の年だから,ファイターズが日本一になるのは必然だったのかもしれない。また,ファイターズが北海道移転後,夏の甲子園,全国高校野球大会で北海道代表チームが準優勝に輝くと,ファイターズは日本一になっている。(2006年はあの決勝再試合を戦った駒大苫小牧,今年は北海高校。)

広島東洋カープも攻守に高レベルでバランスの取れた,活きのいいチームだったが,いかんせん短期決戦の経験不足だったかもしれない。あるいは,セ・リーグを独走で制したため,緊迫したギリギリの戦いに慣れていなかった部分もあったかもしれない。その意味では,カープが日本一になれなかったのは,セ・リーグの他の5球団の責任も小さくないように思う。

正直,プロ野球開幕前は,福岡ソフトバンクホークスの”3”年連続日本一は堅いと思っていて,夏場まではホークス独走していただけに,まさに最後に今回のような展開になっているとは予想だにしなかった。やはり勝負事は最後まで何が起こるか,わからないものである。これは,社会にも人生にも当てはまることなのかもしれない。だから面白いのかもしれない。

現在の夏の全国高校野球(全国高等学校野球選手権大会)の前身,「全国中等学校優勝野球大会」が初めて開催されてから今日でちょうど100年。
当時は参加チーム10チーム,全国の予算参加チームは73チーム。それから一世紀を経た今,本大会参加チームは各都道府県大会を勝ち抜いた49チーム,予選参加チームは3900を超える。本大会は5倍近く,予選は50倍を超える規模になった。
当初は近畿を中心とした西日本のチームが圧倒的に強く,公立の学校のチームが優勢であったが,
今は関東を中心とした東日本のチームが優勢で,私立の学校のチームが圧倒的に強くなっている。
野球の質も,投手を中心とした守備型野球から,打力や機動力を全面に押し出した攻撃型野球が主流になっている。大会の内容も時代の趨勢を受け,変遷している。

これまでの100年は,いろいろな困難もある一方で,幸運にも恵まれてきたところがある。しかし,これまでの100年が比較的順調だからといって,これからの100年も過去同様にしていけばいいと思ってはいけない。少子化,価値観の多様化,人口の偏在,地方の疲弊,地球温暖化の影響と思われる夏季の気候の過酷化等,日本社会の様々な問題が,高校野球にも影響を及ぼしていることを忘れてはいけない。現実を直視し,時代に即した対応をしていかないと,先人の作ったこの貴重な伝統を守っていくことは厳しいことは覚えておきたい。

それにしても,今回のベスト4,どのチームも個人的に思い入れがあり,どこを応援すべきか迷ってしまう。
こども時代を過ごした神奈川県代表のチームか,現住の東京都で,かつ知人や友人の子息が在学中の東京都代表の2チームか,東日本大震災からの復興の希望の星として,悲願の白河の関越えの夢を実現させたい宮城県代表のチームか・・・・。

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今年の夏の甲子園,高校野球。なんだか例年と趣がいたく異なる。
台風の影響で,開幕がひどく遅れ,本来ならもう明日から三回戦,ベスト8をかけた戦いがはじまらなければならないはずが,まだベスト16の半分ぐらいしか出そろってない状況である。
そして,地区別の勝ち上がりを見ると,東北,北信越,東海がやたら調子がよく,逆に近畿,中国,四国,九州が苦戦している。一昔二昔前を知るものとしては,結果が逆ではないかとほっぺを抓りたくなるような現実である。特に,近年でも弱小と思われていた北信越地区の5チームが全部初戦勝ち抜けというのは史上初らしい。

ところで,今大会絶好調の北信越,東海という区分けであるが,小中学校での社会科・地理で習うのは「中部地方」である。
中部地方は,
新潟,富山,石川,福井,山梨,長野,岐阜,静岡,愛知の9県から占められている。

しかし,「中部地方」としての区分けは現実には行われておらず,学校スポーツの世界では,
新潟,富山,石川,福井,長野は「北信越」
岐阜,静岡,愛知は,近畿地方の三重を加えて「東海」
山梨は「関東」に加えられることが多い。そして,経済などの分野でも同様のことが行われている。

確かに,実際問題,新潟県と愛知県が同じ中部地方だからといってお互いの県が特別な親近感を持つのかというと違うように思える。同様なことは,福井県と静岡県などでもいえるのだろう。
これは,他の地方,たとえば「東北地方」「九州地方」などではありえない話だろう。
なぜ,「中部地方」だけこんな扱いになっているのだろうか。
これでは,中部地方に属する9県は,他の地方のどこにも入れられなかったから残った県で寄せ集めで地方区分としてみたような感じでなんだか不憫である。

小中学校でも,実体・現状に合わない知識区分を,従来からの惰性で何も深く考えずにただ左から右へ流して教えたりしないでほしいものである。
これは,「中部地方」だけでなく,算数で習う容量の単位「デシリットル」にも言える。まったく実生活で使わない単位をわざわざ小学生の貴重な時間を割いて教えるのは非常にもったいないように思う。

夏の甲子園大会も決勝戦を残すのみとなった。
今年は、前評判の高かった強豪チームがことごとく敗れた。ベスト8に地元近畿のチームがひとつも残らなかった。一方で、東北のチームは6チーム中5チームが初戦を突破し、ベスト4の半分を占めた。惜しくも決勝進出はならなかったが、ここ5年のうち4回は、ベスト4進出チームを出している。もう野球後進地域では決してない。

それにしても、30度半ばの気温の中、強い日差しのもとで試合をするのは、果たして選手の健康に悪影響を与えないのか心配である。この暑さは、20年以上前までの夏の暑さとは質が違うと思う。熱中症により主力選手が試合途中でダウンし、その後ガラリと試合展開が変わってしまったケースも散見される。大会のあり方、運営方法を根本から考え直すときが来ているように感じる。前例に囚われて、本質を見失ったまま従来の方法を引きずっていると、この大会自体が消滅の危機に瀕するかもしれない。それは、日本の貴重な野球文化の消滅の危機をも意味する。

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